No. 150 回復期リハビリテーション病棟協会 第33回研究大会 in 舞浜・千葉 まとめ

2019年2月21日と22日に開催された回復期リハビリテーション病棟協会 第33回研究大会へ参加しました。ディズニーリゾートのホテルや映画館、近隣の総合体育館を利用した豪華な学会でした。頭にネズミの耳のついた人々に混じってスーツ姿の人々がいるという何とも不思議な光景でした。開催される場所が複数の施設に分かれているため、会場移動に時間がかかり、そのたびに風に乗って漂ってくる焼き菓子の甘いにおいを嗅ぐことになりました。
学会では多数の特別講演・教育講演が行われ、第一線で活躍する人の話を聞くことができました。以下は特に印象に残った内容の要約です。

 

■大会長講演&アウトカムを高めるための回復期リハビリテーション病棟の組織的運営
近藤国嗣 先生(東京湾リハビリテーション病院)
今回の大会長である近藤先生の講演です。学会の最初と最後に講演されました。ちょうど1年前に2ヶ月間ほど東京湾岸リハで研修させていただきました。回復期リハ病棟を立ち上げるに当たって、今回の講演内容に類似した話を伺っていたので、1年経って初心を思い出す良い機会になりました。講演の要約は以下の通りです:

回リハの運営は「攻め」と「守り」に分けて考える。
「攻め」は個々人のスキルを向上させ患者さんの機能回復を促進することで、エビデンスに基づいた有効なリハを積極的に取り入れ実践する。
何らかの介入を行う場合は、きちんとプロトコルを作成し、それに基づいて実施し、その結果を評価し検証する。
研究も積極的に実施。
「守り」は、個々人のスキルのみに頼ることで生じる患者さんへの不利益がないように、システムを構築することでベースアップをはかること。
システムを構築する分野は多岐に渡る;新人教育、転倒転落対策、活動度の変更、嚥下評価、栄養評価、食事の介助方法、内服自己管理評価など、ほぼすべてフローチャートや、チェックシートを作成し、誰が行っても一定水準の質が担保されるようにする。
栄養評価:ミールラウンドを週に1回行っている。これは食事時間に多職種で回診し、食形態や介助方法、食事姿勢など食事摂取量の向上にむけた評価検討を行うもの。管理栄養士が体重測定は2週間に1回、食べた量の平均を週毎に算出する。摂取量が少ない人にはふりかけやスティック状のカレー(カレーはみんな大好きだそうです)、サイコロチーズを追加、75歳以上では体重は増えても筋肉量は増えにくいため、ごはんではなくおかずを増やす必要がある。食事介助シートを作成し誰が介助しても同じ方法で実施できるようにする。
薬剤回診:定期処方は主治医と薬剤師と看護師が協議しながら処方することで、適切な服薬内容、とくにポリファーマシーの改善につなげている。
家族指導:チェックリストやカレンダーを作成し実施している。セラピスト中心ではなく看護師が中心となることが重要。
新人教育:特にセラピストの新人教育について、介助方法や基本的な評価・手技についてチェックリストに基づいて指導を実施。特定の介入手技(たとえばCI療法や、プリズム療法など)はすべてプロトコルが作られており、それに沿って行うことで一定の質を担保している。
FIMの採点の頻度は2週間に1回にする:急変時によりFIMの値が急激に低下して転院や死亡退院となった場合、急変した直前のFIMの得点で実績指数の計算は行って良いことに診療報酬上なっているが、FIMの評価間隔が1ヶ月では改善していない可能性が高くなるため。
機能回復は運動量に依存するので、動作の獲得のためには繰り返し獲得したい動作を行う必要がある。そのために繰り返し練習できるように難易度を調整するのがセラピストの役割。環境を設定したり、装具や電気刺激などの補助を利用して難易度を調整する。たとえば、立ち上がり動作練習ならば、椅子の高さを高くしたり、手で把持するものの種類や位置を変えることで難易度は変わる。
活動課題を明確化して設計図を組み立てる。将来の見込みを示す。

 

認知症高齢者の美味しく楽しく安全な食の支援を目指して
枝広あや子 先生(東京都健康長寿医療センター研究所)
認知症患者では、赤いコップで他の地味な色のコップよりも有意に水分摂取量が増えたという研究結果があるそうです。食器の色、重要です。

 

■回復期リハビリテーション病棟の展望
吉川裕貴 先生(厚生労働省保険局医療課)
外来の月13単位のリハは今後なくなり介護保険サービスへ移行される予定。実績指数についてもさらなる質の評価の目的でみなおしがされる可能性あり。制度にあわせて運用を後追いで変えるのではなく、出来ることなら最先端を行って制度が後からついてくる立場になりたいものです。

 

■弁護士からみた回復期リハ病棟における医療事故対策
鈴木雄介 先生(鈴木法律事務所)
回復期病棟では転倒事故が多い。訴訟で問われるのは、「予見可能性」と「結果回避可能性」の有無だそうです。つまり病態から予測可能で回避策があるにもかかわらず実施していない、となると過失を問われる可能性があります。逆に予想される事態を評価し、対策を適切に行ったうえでの転倒であれば、それは回避不可能な事故であるため、過失を問われる可能性はほとんどないそうです。最近は身体抑制は最小限にとどめる傾向にあり、全く身体抑制をしないという方針の病院もあるくらいで、回復期リハ病棟での転倒はある程度起こりうるものとして、事前に説明をしておくことが重要だそうです。そして、もし事故が起こった場合は、できる限り早期に家族に説明を行います。その場合は推測で話をせず、起こった事実のみを説明するようにします。また謝罪については「加療中にこのような状況になってしまい申し訳ございません」といったものであれば、謝罪したことで過失を認めたことにはならないそうです。最も大切なのはカルテをきちんと書くことです。

 

■回復期における研究の重要性~回復期から発信するエビデンス
山口智史 先生(山形県立保健医療大学
臨床研究を進めるには、人材の育成と環境つくりが必要ですが、まわり(病院の運営方針、直接の上司)の理解がないと難しく、環境がどうしても合っていなければ職場を変わることも考えるしかないとのことでした。臨床研究をしたければ臨床業務も人一倍行う必要がある、とのことです。研究を行うことで得られる考え方や知識は直接的に臨床業務にも活かされ自身の成長につながるし、研究を継続することで、その分野で発言する立場に立つことができる、とのことです。とは言っても、臨床研究では研究対象は患者さんであり、好き勝手に患者さんを研究に利用することは出来ません。適切な段取りをふんで実施する必要があります。

 

■「リハビリテーション医療の基本」チームワークの組み方、運動療法の基本
三好正堂 先生(浅木病院)
「間違いだらけのリハビリテーション」という本を書かれている先生です。起立着座訓練の有効性を強調されています。1日に400回くらい実施することを推奨されています。当院では100回しか行っていないので、まだまだです。

 

■ぎりぎりまで攻める!リハビリテーションに必要なリスク管理
宮越浩一 先生(亀田総合病院
リハビリテーションリスク管理についての本を出版されている先生です。いままでは「リハ中止基準」ということばで基準が定められていたため、その基準に該当すると積極的にリハを実施することがためらわれていました。最近はガイドラインなどでも「中止基準」ということばは使われなくなってきています。「積極的な訓練を控える基準」などの様に表現されます。つまり完全にリハを中止するのではなく、負荷を調整して、できることを行う、という姿勢に変わりつつあります。このぎりぎりを攻めるリハを行うには、それぞれの患者さんの状態を評価して、負荷を調整して介入するスキルが必要になります。
また、急変時に対応できるように、一次救命措置BLSをリハスタッフもふくめ全職種が実施できるようにすることは必須です。

医療面接の注意点

医療面接の注意点

 

回復期リハ病棟では患者さんやその家族と話し合いの場を持つことが多々あります。そんな時に普段スタッフ同士でミーティングする様な話し方をしては、患者さんや家族には理解できません。医療従事者の常識は世間の非常識です。そして、医療者側が思っているよりも、患者さんや家族は、理解できてなくても聞き返さないものです。

 

リハは患者さんや家族に参加してもらうことが目標達成のためには必須です。できる限り、お互いに理解して情報を共有していることが大切です。医療面接時に気をつけるポイントを以下の参考文献からピックアップしました:


・過不足なく目を合わせよう
・臨床面接には少しだけ即興を入れよう
・「話す」より「聞こう」
・患者が真実を言っていることを前提にしよう
・医学用語は患者と医療者で違う意味を持つことがある
・患者の話に驚いた様子を見せないように気をつけよう
・「分かりません」と言うことを恐れる必要はない
・沈黙は強力な武器である
・ヘルスケアにおいて最も大切な能力は、知的コミュニケーション能力ということになるだろう

 

どの項目も抽象的で、すぐには役に立たないかもしれません。むしろ、これらの文章を見て、「そうそう」と思えるようであれば、ある程度上手に医療面接が出来ている、という自分の医療面接能力を推し量る指標として捉えるのが良いかもしれません。


最後に、同じ参考文献に載っている、肝に命じている格言を紹介します;


知識と知恵は同じものであるどころか、しばしばなんの関係もない。

知識は他人の思想が詰まった頭の中にあり、知恵はみずからを注意深く見つめる心の中にある。

知識は自分がこんなにも多くを学んだと誇り、知恵は自分がこれしか知らないとへりくだる。

ーWilliam Cowper(1731-1800)


参考文献

Robert B. Taylor (著), 石山貴章 (監修): 医の知の羅針盤 良医であるためのヒント, メディカルサイエンスインターナショナル, 2017

No. 148 大腿骨近位部骨折の非手術例

大腿骨近位部骨折の非手術例

 

No.75で大腿骨近位部骨折を受傷した人では死亡率があがるという話をしました。

uekent.hatenablog.com

またNo.89で大腿骨近位部骨折の手術は早期に行った方が成績が良いという話をしました。

uekent.hatenablog.com

今回は大腿骨近位部の骨折に対して手術をしない場合についての話です。

 

大腿骨近位部骨折の場合、手術なしで骨折部がつくことはまずありません。つくとしても時間がかかるためそれまでベッド上で安静にしていれば、それだけで寝たきりになってしまいます。そうなると死亡率は1/3どころではなくなるため、早期手術・早期離床が重要だったのでした。最近は手術をしない例は少なくなってきましたが、それでも時に手術しない患者さんが存在します。以下のような場合においては手術をしないことが選択肢のひとつになるとされています:

    • もともと歩けない
    • 重度に衰弱している
    • 医学的に不安定、コントロールできない重大な疾患がある
    • 終末期である

また以下のような安定型の骨折においても手術をしないことが選択される場合があります:

    • 転位のない(1cm)転子部骨折;一般的に若年者に生じる剥離骨折で、3-4週間の免荷を守りつつ活動的に過ごすことができる場合
    • 圧迫方向にのみ限局された圧外傷による転位のない頚部骨折;このタイプは6-9週間の荷重制限と慎重な経過観察のみで管理可能なこともある
    • 中心窩の下の大腿骨頭に限局した骨折;この骨折は閉鎖整復術で整復後関節の短縮が1mm未満で可能な場合は保存的加療が可能

さらに、症状の少ない転子下骨折で綿密なモニタリングのもとで保存的加療が行われることがありますが、うまくいかないことが多いため最近はほとんどが手術されます。

 

非手術症例は手術した症例よりも予後不良であるというデータが多数報告されています。3083人のナーシングホーム入所者(平均年齢84歳)で重度の認知症を有する患者、手術例(84.8%)と非手術例(15.2%)を2年間フォローした研究によると、1076人(34.9%)が6ヶ月のうちに死亡し、手術例の方が6ヶ月間の死亡率が減少していました(調整ハザード比[HR] 0.88, 95%CI 0.79-0.98)。また、6が月後に生存していた2007人において、手術例では痛みが有意に減少し(調整HR 0.78, 95% CI 0.61-0.99)、褥瘡も有意に少なかった(調整HR 0.64, 95% CI 0.47-0.86)のです。

 

また、60111人のナーシングホーム入所者の大腿骨近位部骨折症例を180日間フォローした別の研究では、7069人(12%)が非手術的管理を受け、53042人(88%)が手術(内固定、人工骨頭、人工関節置換術)を受けました。36.2%が骨折後180日以内に死亡し、非手術例で死亡率が高かった(調整HR 2.08, 95%CI 2.01-2.15)のです。

 

もちろん上記のように手術が受けたくても受けられない状況の場合もあるので、全例に手術をすることは難しいですが、少なくとも「歳だから」「認知症だから」という理由だけで手術をしないということはありません。

 

参考文献

Berry SD et al. Association of Clinical Outcomes With Surgical Repair of Hip Fracture vs Nonsurgical Management in Nursing Home Residents With Advanced Dementia. JAMA Intern Med 2018 Jun 1;178(6):774.

Neuman et al. Survival and functional outcomes after hip fracture among nursing home residents, JAMA Intern Med 2014 Aug 1;174(8):1273.

No. 147 失語症

失語症

 

失語症は脳の損傷によっておこる後天性のコミュニケーション障害のことで、ことばを書くことや話すこと、読んで、聞いて理解することができなくなります。原因疾患としては脳梗塞が最多で、他の原因には、脳出血や脳腫瘍、中枢神経系感染症などがあります。失語症は流暢性もしくは非流暢性のものに分類されます。非流暢性失語の患者は、ことばを紡ぎ出すのが難しく、文章は内容が不十分になります。一方、流暢性失語の患者は、よどみなく話すことはできますが、ことばを理解することが難しくなります。非流暢性失語と流暢性失語は、それぞれ言語表出(復唱、呼称、書字)の障害と、言語理解(聴理解と読解)の障害を反映しています。ただし、個々の患者の症状はひとつの失語症のタイプにぴったり一致することはありません。さらに、失語症はほかの言語障害、例えば構音障害や発話失行と同時に起こることがあります。

 

非流暢性失語

ブローカ失語は左大脳半球の後下前頭回にあるブローカ野もしくはブロードマンの44野の損傷と関連しています。ブローカ失語は右片麻痺や口腔失行を伴っていることがあります。ことばは文法的に間違ったものになり、名詞と動詞のみに制限され、発話は短いフレーズや文に限られます。呼称の障害が多く、復唱は単語ひとつや短いフレーズに限られる場合が多いです。書字も障害されます。聴覚理解は比較的保たれますが、難しい文章になると理解が困難な患者もいます。

 

超皮質性運動失語は、前大脳動脈や前大脳動脈と中大脳動脈の分水嶺領域の病変による、補足運動野や環シルビウス溝言語野との連絡の損傷によって起こります。反響言語や保続がみられます。呼称や聴覚理解、復唱の能力は比較的保たれます。一方で、読み書きの能力は障害されます。超皮質性運動失語の特徴は「話し始めること」と「考えることを完了させること」が難しいということです。

 

混合型超皮質性失語は前後の分水嶺領域の損傷や多発性の塞栓症で起こります。患者は自発的な会話はほとんど出来ず、重度の反響言語があります。聴覚理解は重度に障害され、読字も書字も障害されます。視野障害を伴うことが多いです。

 

全失語は非流暢性失語の最重症のタイプで、全てのコミュニケーション能力が障害されます。左半球の言語野の大きな損傷によって引き起こされ、呼称、復唱、聴覚理解が特に障害されます。声のイントネーションに反応することが出来る事があります。全失語の患者では右片麻痺と右の視野障害を伴うことが多いです。

 

流暢性失語

ウェルニッケ失語は左半球の後上側頭回の病変と関連しています。錯語や言語新作による重度の喚語困難が特徴的です。一般的に、ウェルニッケ失語の患者は、自己修正しようとしませんし、間違いに気づくこともありません。復唱能力は重度に障害されており、聴覚理解や読字、書字も障害されます。ウェルニッケ失語と関連のある運動障害は特にありませんが、右視野欠損を伴うことがあります。

 

健忘失語は側頭葉基部、前下側頭葉、側頭頭頂後頭接合部、下頭頂葉の病変と関連しています。健忘失語の患者は発話は流暢で量も多いですが、話が回りくどくなります。呼称が障害され、復唱や日常会話レベルの聴覚理解は保たれます。読字や視覚理解も保たれます。

 

伝導失語は左半球の縁上回や弓状束の損傷に関連しておこる流暢性失語です。聴覚理解は比較的保たれます。自発性の発語においては音素性錯語や喚語困難が目立ちます。復唱も障害され、特に長い単語やフレーズ、文章で著明です。患者は間違いを自覚していることが多いですが、自力では修正することができません。書字の障害も多くの症例で認めます。

 

超皮質性感覚失語は側頭後頭葉もしくは頭頂後頭葉のウェルニッケ領域に隣接した領域の損傷に関連して起こります。流暢な錯語のある言語が特徴的です。復唱は比較的保たれます。理解しないままに読むことはできる場合があります。呼称は重度に障害されます。

 

皮質下失語

上記の失語症はどれも皮質領域の損傷と関連して起こっています。皮質下失語は大脳基底核や内包、左視床の損傷に関連して起こる失語症です。発話は流暢で復唱は比較的保たれています。聴覚理解も日常会話レベルでは問題ありませんが、より複雑な内容になると難しくなります。発話明瞭度の問題と、語想起の問題があることが多いです。

 

失語症の予後と治療

失語症の予後はひとによって様々で、おおくは病変の位置とダメージの重症度によって決まります。「回復の多くは初めの数ヶ月に起こり、1年も経過するとプラトーに達する」と言われています。専門家へコンサルトし、言語機能の回復を支援し、家族へのコミュニケーション方法を指導することで、コミュニケーションをとりやすくすることができ、患者の生活の質を改善することができるかもしれません。

 

以下に失語症患者に対する治療法を挙げています:

Melodic Intonation Therapy(MIT)・・・メロディ、リズム、強弱などのイントネーションパターンを使用することで、徐々に話せるフレーズや文の長さ延長してゆく方法。MITは発話能力の改善をターゲットにしている

Visual Action Therapy(VAT)・・・全失語の患者に推奨される方法です。手のジェスチャーを使って特定の項目を示せるように訓練します

Promoting Aphasics Communication Effectiveness(PACE)・・・これは会話力を向上させるように設計されています。治療者と患者が交代で新しい情報を相互に発信し、治療者は患者のメッセージが理解されたかどうかに基づいて患者に応答します。

Oral Reading for Language in Aphasia(ORLA)・・・文章を読み上げるのを助けるために聴覚的、視覚的、および書かれた手がかりを使った治療

Augmentative and Alternative Communication(AAC)・・・画像や記号などのコミュニケーションボードや電子機器を用いること

 

参考:Matthew Shatter, Howard Choi : PHYSICAL MEDICINE AND REHABILITATION POCKETPEDIA 3rd ed

No. 146 脳卒中後の復職について

脳卒中後の復職について

 

 就労中の人が脳卒中を発症した場合、復職も回復期リハでの重要な目標のひとつになります。脳卒中が比較的軽症だと日常生活動作は早期に自立し、FIMが満点になることは容易かもしれません。しかし仕事に復帰するとなると、さらに複雑な能力が必要となります。その高次の能力について入院中に評価が不十分なままに退院して復職すると、仕事がまったくできずに職場でトラブルが生じ、患者さんは自身を失い、職も失うことになりかねません。入院中から復職後に想定される問題について予想し、トレーニングを行ったり、本人や職場の上司・同僚への情報提供などを行いスムーズに復職につなげるための支援が必要です。

 

 一般に復職について職場側は、他の後遺症の残らないような疾患の場合と同じように考えていることが多く「もとのように働けるようになってから復職してほしい」と思っている場合がほとんどです。脳卒中の場合はそのような考えではいつまでたっても復職できません。理想的には徐々に慣らしながら復職できるように、勤務時間や業務内容を調整しながら仕事を再開できるのがベストです。そのためには上司や同僚に病状を理解して協力してもらう必要があります。もちろん上司・同僚への病状説明には本人の同意があることが絶対条件です。

 

脳卒中後の復職時によくみられる問題とその対処方法です:

  • 雑音や光などの外部刺激に対して過剰に反応する・・・プライベートオフィスにする、天井の蛍光灯の代わりにデスクライトにする
  • 騒音など気が散るものがあると集中することが難しい・・・静かな仕事場、ヘッドフォンや耳栓を使用する
  • 作業を途中で中断されると再開することが難しい・・・一定時間中断しないようにする
  • 情報処理や指示を理解することに時間がかかる・・・すべての課題について手引書を用意する、会議を記録する、、期限を延長する
  • 詳細に覚えておくことが難しい・・・ノートやスマートフォンなどのサポートツールを使って、メモやチェックリストをつける
  • 一度に複数の課題をこなすことが難しい・・・課題を小さなステップにまとめる、仕事を共有する
  • 仕事上の間違いに気づき問題解決することが遅れがち・・・フローチャートを用いる、同僚や上司と定期的に見直しをする
  • 組織的にふるまったり、会議に間に合わせることが難しい・・・締め切りや会議を思い出すためにスマートフォンのなどのサポートツールを使用する
  • 精神的または身体的疲労のために長時間の労働ができない・・・休憩を増やす、時短勤務、復職時に徐々に勤務時間を増やしてゆく
  • ストレスに弱く押しつぶされそうになる・・・休憩を増やす、基本的な仕事能力のみで可能な仕事に変更する
  • 頭痛・・・静かな作業場所、休憩を頻回に
    視力の問題・・・さまざまなメガネやコンピュータプログラムなどのサポートツール
  • 同僚と衝突する・・・上司と同僚に対して対応をトレーニングする、ストレス制御のたの休憩、カウンセラーへの電話相談、コミュニケーションと感情コントロール能力のトレーニングを個人または集団心理療法で行う
  • からだの一側が弱く巧緻性が低下している・・・ハンズフリーの電話、人体工学的な作業環境の構築、キーボードの改修、音声認識ソフトの使用
  • 予定の変更に柔軟に対応できない・・・睡眠や朝夕のルーチン業務が一貫して行えるように労働時間を一定にする
  • 運転能力の変化・・・在宅勤務ができるようにする、公共交通機関を使用できるよう勤務時間を調整する

 

また復職を支援する公的なサービスもあります。職業支援センターや職業訓練校、実際に職場へ出向いて仕事環境についての助言をするジョブコーチ制度などがあり、それらの情報提供も必要に応じておこないます。

 

参考文献:Scott SL et al. Returning to Work After Mild Stroke, Arch Phys Med Rehabil 2019;100:379-83.

No. 145 鼻出血

鼻出血

 

60%の人が一生のうちに鼻出血を経験するとされており、そのうちの約6%が医療機関での治療を必要とするそうです。

 

鼻出血の80-90%は鼻中隔前方のキーゼルバッハ部位(図1)からの出血です。

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その場合正しい圧迫を行えば止血することができます。鼻出血の止め方については、世の中に色々と間違った方法が広まってますが、医療従事者として正しい方法を知っておきましょう(図2)。前方からの出血の場合は、手で鼻翼を10~15分しっかり押さえます。ほとんどの場合これで止血されます。 

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鼻から垂れるのをさけるためといって上を向いてはいけません。上を向くと血液が咽頭に流れ込み、嘔吐や誤嚥に繋がります。また首をたたいても意味はありません(図3)。

 

止血が困難な場合、血管収縮薬(ボスミン:救急カートにあります)を染み込ませた綿球やガーゼを鼻腔に詰めて圧迫することで止血効果が高まります。

 

まれですが後方からの出血の場合には、後鼻タンポン法などの処置や耳鼻 科的な処置が必要になることがあります。バルーンタンポン法を行いつつ、耳鼻科受診へつなぎます。使用するバルーンは、鼻出血用の専用品も世の中にはありますが、14Fr程度の尿道バルーンカテーテルで代用できます(図4)。

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高齢者では、出血によってプレショック、またはショック状態になることもあるので、バイタルサインのモニタリングや、血管確保、輸液、昇圧薬などの対応が必要な場合もあります。

 

注意点として処置中は、手袋、マスク、ゴーグル、ガウンなどを装着して感染予防策をしっかりと行うことです。

 

そして止血の目処がたったら原因について検討します。出血の原因は、鼻ほじりや鼻中隔弯曲症などの局所の原因によるものと、肝・腎機能障害やアスピリンの服用などの全身的な原因によるものがあります。ワルファリンやア スピリンなどの抗凝固薬や抗血小板薬を服用している場合には、PT-INRやAPTTをチェックします。

 

参考:

今日の臨床サポート:鼻出血

北野正剛 監修:ひとりでこなす外科系外来処置ガイド, メジカルビュー, 2013

 

No. 144 ボトックスについて

ボトックスについて

 

脳卒中後の片麻痺では、筋の緊張が亢進する「痙縮」とよばれる症状を起こすことがあります。上肢では関節を屈曲する筋の痙縮が強くなり腕が曲がったままになり、使えない、痛みがある、という状況になりやすく、下肢では関節が伸びる方向の筋の痙縮が現れやすく、つま先があがらず、足が内側へ入ってしまう、という状況がみられます。そのような痙縮の治療法のひとつとして「ボトックス」というものがあります。

 

ボトックスは、ボツリヌス菌が産生するボツリヌストキシンA(BTX-A)という毒素を用いた製剤です。この毒素の筋を麻痺させる作用を治療に利用します。BTX-Aはシナプス前のアセチルコリンを阻害することで、不可逆的に神経筋接合部の伝達を遮断します。BTX-Aは眼瞼痙攣、斜視、頸部ジストニア、脊損や多発性硬化症による過活動膀胱、しわとり、慢性片頭痛、重度の腋窩多汗症、上肢痙縮、下肢痙縮に用いられます。効果が見られるのは投与後24~72時間後で、効果のピークは2~6週後です。臨床効果は通常3~4週間持続しますが、次第に軸索の発芽によって神経筋接合部の伝達が再生し痙縮が元に戻ります。

 

BTX-Aの理論上の(体重75kg)における50%致死量(投与した人のうち半分が死亡する量)は3000単位で、推奨される最大量は1回に10単位/kg(400単位まで)です。くりかえし投与しているとBTX-Aに対する抗体がつくられるようになって効果が減弱してしまいます。抗体が形成される可能性を減らすために、施注の間隔は少なくとも3ヶ月は開けることが推奨されます。

 

BTX-Aは以下の状況では禁忌です:

妊娠中、授乳中、神経筋接合部の疾患、社会心理学的に不安定、局所の皮膚や筋の感染症、副作用の既往あり、アミノグリコシド使用中、ヒトアルブミン製剤のアレルギーがある

そして相対的な禁忌としては、施注する関節が固縮している場合があります。この場合BTX-Aを施注して痙縮が改善しても関節可動域や機能の改善に繋がらないためです。

 

BTX-Aは-5~-20°Cで保存し、防腐剤の入っていない0.9%生理食塩水のみで溶解します。溶解後は2~8°Cの冷蔵保存なら4時間は利用可能です。

 

痙縮の治療に用いられるほかの方法としてフェノールを局所注射する方法がありますが、BTX-Aがフェノールより優れているのは、注入部で迅速に(3~4cm)拡散する、注射手技が簡易である、感覚麻痺を起こさない(神経筋接合部に選択的に作用するため)という点で、欠点としては薬剤が高価であるということです。

 

もしも回復期リハ病棟でBTX-Aを投与すると、保険請求はできないためその薬剤費はすべて病院の持ち出しになってしまいます。100単位製剤の場合9万2249円で、下肢の痙縮であれば1回に300単位まで投与可能ですので、合計27万6747円します。現実的には回復期病棟入院中の施行は困難です。急性期病院や地域包括ケア病棟、療養病棟、もちろん外来では保険請求可能です。世の中にはBTX-Aが必要そうな患者さんに対して、回復期病棟入院前の急性期の病院で施注してから転院してもらう仕組みを作ろうとしている回復期の病院があるというウワサを耳にしました。実現できれば面白い試みだと思います。だた急性期は弛緩性麻痺で、痙縮は後になって問題になってくることが多いので対象となる患者さんは少なそうです。やはり外来での施行が現時点では現実的なのかもしれません。

 

参考:

Matthew Shatter, Howard Choi : PHYSICAL MEDICINE AND REHABILITATION POCKETPEDIA 3rd ed