文献紹介:介護施設における除菌処置の効果

Decolonization in Nursing Homes to Prevent Infection and Hospitalization

Loren G. Miller, M.D. et al.

NEJM 2023; 389: 1766-1777

 

高齢介護施設の入所者は、感染症にかかり入院するリスクが高く、また多剤耐性菌を保有するリスクも高いことが知られています。介護施設における多剤耐性菌の保有率は65%(病院では10~15%)との報告があり入所期間が長くなればなるほど保有率は高くなります。

この研究では、28の介護施設(ナーシングホーム)でランダム化試験が実施されました。除菌を行った群と、通常のケアを行った群で、感染症による入院率を比較しています。18ヶ月のベースライン期間の後、4ヶ月の導入期間(スタッフの訓練など)を経た後に、18ヶ月の介入を実施しました。

除菌方法は以下の通り;

入浴:シャワーの場合、4%クロルヘキシジン洗浄液を使用しその後洗い流す。清拭の場合、2%クロルヘキシジンを含ませた布で清拭
鼻腔除菌:ポビドンヨード10%水溶液を染み込ませたスワブで平日の5日間に1日2回、隔週で実施

参加した28施設のうち14施設を除菌群、14施設を通常ケア群に振り分け
除菌群7388人、通常ケア群6564人で比較されました。

結果、除菌群のアドヒアランス(手技を実施できた割合)はクロルヘキシジン入浴が87.4%、鼻腔除菌が67.4%でした。

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除菌による有害事象は35件報告され、クロルヘキシジンによる発疹が34件でいずれも軽症で、ポビドンヨードによる咽頭痛が1件でした。

 

クロルヘキシジンとポビドンヨードを用いた介護施設での除菌戦略は、感染症による入院を減らしました。

文献紹介:歩きと車椅子利用での転倒や生命予後の違い

Comparison of Fracture Among Older Adults Who Are Ambulatory vs Those Who Use Wheelchairs in Sweden

JAMA Network Open, Feb 13, 2023;6(2)

Kristian F. Axelsson et al

 

加齢や疾患の影響により転倒リスクが高まると移動方法を歩行から車椅子へと変更することがあります。しかし車椅子には不動による下肢の血栓塞栓症や褥瘡、骨量減少のリスクがあります。一方で歩行よりも転倒リスクは減少する可能性がありますが、これまで検証されてませんでした。

この論文ではスウェーデンの高齢者を対象に車椅子利用者と歩いている人で、骨折・転倒・死亡リスクを比較する大規模コホート研究が実施されました。

2007年1月1日~2017年12月31日にスウェーデンのSenior Alert Registerに登録されていた65歳以上の人から、車椅子利用者と歩行可能な対照群を抽出し、2022年6月にデータ分析を実施されました。車椅子利用者は5万5442人、歩行可能対照群は41万299人の中から傾向スコアマッチングを行い1対1の割合で抽出されました。

Senior Alert Registerは歩行状態を;
(1) 自立歩行(杖使用も可)

(2) 介助者がいれば歩行可能

(3) 日常的な車椅子利用

(4) 寝たきり

に分類し登録されています。この研究では(1)と(3)の人を対象にしています

主要評価項目は、骨折、転倒による骨折以外の外傷、死亡などです。

結果は以下の通り、車椅子利用者では骨折リスクは低下していたものの、死亡リスクはむしろ高くなっていました。

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転倒を恐れるあまりに車椅子を選択することは検討の余地があります。

文献紹介:人工呼吸器装着下でのカフ上発声法

McGrath B, et al. Above cuff vocalisation: A novel technique for communication in the ventilator-dependent tracheostomy patient. J Intensive Care Soc. 2016 Feb; 17(1):19-26

 

人工呼吸器から離脱できず長期間の使用が必要となり、気管切開が施行されると声帯に呼気が通過しないために発声ができなくなります。この文献では気管カニューレのカフ上吸引チューブから酸素を送気することで呼気の代わりにして発声する方法が紹介されています。

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発声の手順は以下の通りです;

1.カフが正常に膨らんでいることを確認
2.酸素投与チューブをカフ上吸引へ接続する
*酸素は加湿する

3.酸素を2-5L/minの範囲で開始、最大5L/minまで
4.口腔内吸引を行い痰を除去する
5.訓練終了後は酸素チューブを外す

 

患者の意識と認知機能が保たれており、指示が理解できることが必要です。また長時間酸素を流すと乾燥するため短時間に留めます。起こりうる合併症としては、気管カニューレが誤って皮下に挿入されていたまま実施して皮下気腫を生じた例と、誤ってカフ拡張チューブに送気してカフが過拡張し気管拡張した例が報告されていますが、正しく施行すれば大きな危険なく実施可能で、コミュニケーションが取れることによる患者と介護者のQOLの向上が期待できます。

入院してすぐに退院時サマリを書こう

急性期病院での診療では、目の前で起こっている事態を解決するための検査や治療が行われます。とにかく命を救う、バイタルを安定させて病態を上向かせる、というこを考えて診療が行われます。

一方で、回復期リハビリテーション病棟で日々診療・ケアをしているみなさんは、どのような心持ちで取り組んでいますか?目の前の問題を解決することで満足していませんか?もちろん、状態が急変したり、急いで対処すべき事態が起こることはあり、急性期病院と同様の心持ちで診療に当たることはあります。しかし目の前の問題を解決するだけで満足していては十分ではありません。目の前の問題にだけ対処していては、リハビリテーションはうまくいきません。その患者の未来の姿、未来の生活を予想して、その予想した姿に到達するために必要なことを計画立てて実行する必要があります。

正確に言うと、急性期病院でも未来の姿を予想して診療されています。ただ予想している未来が回復期病棟における未来よりは、かなり近い未来、翌日か翌週程度、病院を退院する頃の未来なのに対して、回復期病棟で予測する未来は、その患者が退院した後の生活、退院後も続くであろう生活を予想して、起こりうる問題を解決すべく、今から何ができるのかを考えて診療にあたる必要があります。

患者の未来の生活を正確に予測する(「予後予測」といいます)には、色々な分野の知識と経験が必要です。一朝一夕には身につかないものですが、日々の経験を蓄積して勉強しましょう。

おすすめの勉強法をひとつ紹介します。新しく入院患者を受け持って入院時のアセスメントをおこなったら、入院当日もしくは1週間以内くらいで退院時サマリを書いてみてください。そして、その患者が実際に退院した時に、実際のサマリと比較して何が予想と違ったか、なぜ違ったのか、もしその違いが悪いものであったがなら、どのタイミングで何をしていたら防げたのか振り返ってみてください。きっと次の患者でその経験を活かすことができるはずです。予想がうまくできるようになれば、入院中トラブルなく順調にADLが向上し無事退院します。劇的なことは起こりませんがそれが質の高いリハビリテーション医療だと思います。退院直前にサマリ作成業務に追われなくてすむというおまけもあります。

論文紹介:New horizons in multimorbidity in older adults

New horizons in multimorbidity in older adults

 

Alison J Yamall et al. Age Aging. 2017 Nov; 46(6): 882-888.

 

マルチモビディティ(多疾患併存状態)という概念が最近注目を集めており、最近、英国国立医療技術評価機構(NICE)がマルチモビディティに関するガイドラインを発表しました。高齢者のマルチモビディティでは身体疾患、精神疾患、フレイル、ポリファーマシーが複雑に絡まっており、ケアに関わる者にとって、このコンセプトはますます重要なものとなっています。特にフレイルとマルチモビディティの重複は、広範囲の健康状態へ影響を及ぼし機能障害へつながります。NICEのガイドラインでは、マルチモビディティを考慮に入れたテーラーメイドなケアを行うべき対象者を挙げており、多くの研究が行われることを推奨しています。マルチモビディティのマネジメントでは、個別の評価とケアプランの作成によって、治療の負担や有害事象、予定外の調整されていないケアを減らすことで生活の質を改善します。

 

Introduction

 

マルチモビディティとは、long-term conditions(LTCs)が2つ以上ある状態と定義されています。LTCsとは、現時点では治すことはできないが、薬やそのほかの治療によってコントロールできる病状のことを指します。マルチモビディティは貧困度と加齢に応じて増加します。UKの人口のおよそ1/4、65歳以上の高齢者の2/3が罹患しています。LTCsが1つまたは全くない人と比較して、マルチモビディティの人は、機能低下や生活の質の低下、ヘルスケア利用の増加、死亡率の増加のリスクが高くなります。

 

マルチモビディティ患者の多くは中高年で在宅生活をしています。これを反映して、プライマリケアの分野でマルチモビディティという概念が生まれました。それは単一の疾患に囚われて治療することを是正する手段として、また疾患ではなく人をみる総合診療の必要性を強調するものとして生まれました。

 

老年医学者は、日常的に複数の慢性疾患を管理することに慣れていますが、最近まで、マルチモビディティそれ自体の存在を明示するものはほとんどありませんでした。NICEがマルチモビディティに関するガイドラインを発表し、さらにAge and AgingとJournal of the American Geriatrics Societyの両誌に論説が掲載されたことで、臨床医と研究者の双方にマルチモビディティの重要性が広く認識され、マルチモビディティの理解と管理における老年医学者と専門医の役割の重要性が示されました。さらに、NICEガイドラインでは、フレイルをマルチモビディティというより広い概念における臨床的な表象として体系化することで理解を容易にしました。

 

本レビューでは、マルチモビディティに関する最近の知見に焦点をあて、特に高齢者におけるマルチモビディティとフレイルの相互関係について取り上げます。またNICEガイドラインの対象となる疾患群の例として高齢者の神経変性疾患を取り上げます。

 

Multimorbidity: applicability to geriatricians

 

加齢に伴い併存疾患は増加し、マルチモビディティの割合が大幅に増加するため、老年医学者にとって特に重要な問題です。さらに、フレイルや認知症などの併存疾患に加えて、高齢者に多いポリファーマシーも加わり、マルチモビディティの複雑さは、個人レベルでかなりの負担となるのみならず、医療サービス、社会福祉、政策の観点からも重要な課題となっています。

 

NICEガイドライン以前に最も問題となっていたのは、定義どおりに数えるとマルチモビディティ患者は英国人口の約25%(約1,500万人)になり、介入の対象とするには計り知れない数で、何から優先して手をつければ良いかわからないということでした。さらに、疾患数や併存疾患指数などの従来のマルチモビディティの測定方法では、高齢者のマルチモビディティに共通する特徴を把握できない可能性がありました。NICEガイドラインの主な強みは、特に複雑性が高く、マルチモビディティを考慮したケアアプローチを必要とする対象群を特定していることです(BOX1)。対象群の大部分は、老年医学者が日常的に診察している患者集団とかなり重複しています。例えば、機能障害、転倒、身体的・精神的疾患の併存、ポリファーマシーなどが組み合わさってフレイルになっている人々です。

 

Box 1. マルチモビディティを考慮したケアのアプローチが有効な人のNICE対象群

  • 治療や日々の活動を管理することが困難である
  • 複数のサービスからケアやサポートを受けているが、さらに追加のサービスが必要である
  • 長期にわたる身体的および精神的な疾患を抱えている
  • フレイルまたは転倒歴がある
  • 予定外のケアや緊急のケアを頻繁に受けている
  • 複数の定期薬を処方されている

 

高齢になるとマルチモビディティが増加するため、高齢者の中には疾患の数や重症度が増加し、それに伴ってフレイルになり、健康な生活を維持することが難しくなる人もいます。しかし、Newcastle 85+研究のベースライン調査では、それなりの疾患があるにもかかわらず、85歳の高齢者の多くが、自分の健康状態を「良い」または「非常に良い」と評価しており、健康状態の自己評価には、疾患に関連するさまざまな要因が関係していることが明らかになりました。例えば、マルチモビディティが健康状態に大きな影響を及ぼすのは、関係性のない複数の疾患を持っている場合で、身体疾患と精神疾患がある人は、密接に関連する併存疾患(虚血性心疾患、高血圧、糖尿病など)を持つ人と比較して、大きな影響を及ぼす可能性があります。

 

高齢者の大半は2つ以上のLTCsを抱えているため、1つまたは2つの疾病しか認識していない人に比べて、医療サービスを受ける頻度が増えます。介護施設の入居者は、ほとんどの場合、マルチモビディティであり、あるドイツの研究では、慢性疾患の平均数は17でした。単一の慢性疾患を持つ高齢者と比較すると、多疾患を持つ高齢者は、介護依存になるリスクが非常に高く、多疾患を持たない人では5年間で4分の1の人が介護施設に入所するのに比べて、約3分の1が入所していました。老年医学との関連では、マルチモビディティは、痛み、失禁、転倒、褥瘡、せん妄などの問題を経験するリスクを高めます。パーキンソン病、脳血管障害、末梢動脈疾患などの特定の疾患は、これらの老年症候群との関連性が特に高いため、LTCとの合併が特に問題になります。

 

The overlap of multimorbidity and frailty

 

フレイルな高齢者の多くはマルチモビディティを抱えていますが、マルチモビディティを抱える人の大部分は、同年代の人よりも健康上の悪影響を受けるリスクが高いにもかかわらず、表現型的にはフレイルではありません。フレイルとマルチモビディティは別々の概念ですが、両者の間には大きな重複があることが明らかになっており、このことはNICEガイドラインでも認識されています。若年層では、単一の疾患プロセスが支配的で、時間の経過とともに、より広範なマルチモビディティの一部となる可能性があります。複数のLTCと他の健康障害の蓄積によって、フレイルの発生に繋がる可能性があります。フレイルの人は転倒、機能障害、介護施設への入所、入院、死亡などのリスクが特に高くなります。したがって、フレイルは、様々な有害な結果に対して特に脆弱なマルチモビディティの高齢者を特定する方法として個人的にも社会的にも有効です。

 

重要なことは、表現型モデルや累積欠損モデルなどの確立されたフレイルのモデルには、移動障害や日常生活動作が組み込まれていますが、これらはマルチモビディティのモデルには組み込まれていないということです。機能障害は、CGAや運動プログラムなど、フレイル高齢者の転帰を改善するためのエビデンスに基づく介入の中心的な要素であるため、特に重要な意味を持ちます。さらに、マルチモビディティと死亡率との関連性は、機能障害で調整すると失われることが示されています。これらの証拠を総合すると、マルチモビディティの高齢者の中から転帰を改善するための介入が効果のある人々を見極める方法として、フレイルを特定することが極めて重要であることが明らかになりました。

 

フレイルの病態生理は、通常の加齢から予想されるよりも顕著な生理的予備能の低下と恒常性維持機構の破綻を特徴とします。エピジェネティックなメカニズムは、遺伝的要因や環境要因と組み合わさって、分子や細胞に累積的なダメージを与え、さらに負の影響を与えるカスケードを誘発すると提唱されています。細胞レベルでは、インスリン様成長因子-1(IGF-1)、テストステロン、コルチゾールなどの神経内分泌系の産生の変化が、炎症反応の異常やそれに伴う炎症性サイトカインの変化とともに、フレイルに関与しているとされています。同様に、最近の論文では、マルチモビディティは、個人の心理社会的・行動的要因と相互作用する複数の生理学的ネットワークの障害の最終結果であると提案されています。これらのネットワークには、ゲノム、プロテオミクス、メタボローム、神経内分泌、免疫、生体エネルギーのプロセスが含まれます。特に強調されているのは、自律神経系、視床下部-下垂体-副腎軸、それに伴うサイトカイン産生への影響、およびミトコンドリア機能であり、これらはすべて、マルチモビディティへの介入が有益である可能性を示唆しています。このような証拠の蓄積により、マルチモビディティを単純な疾病数として定義するのではなく、より広範な健康障害の蓄積を反映するようにシフトすることが提案されています。

 

フレイルとマルチモビディティの間の重複を考慮して、NICEガイドラインでは、介入が功を奏するマルチモビディティの人を特定するための1つの方法として、フレイルの特定を検討すべきであるとしています。病院の外来では、自己申告の健康状態、Timed Up and Goテスト、歩行速度、PRISMA-7質問票、または自己申告の身体活動などが、フレイルを識別するための推奨ツールとなっています。一見実用的ですが、NICEガイドラインで目標としているような特性のフレイルを同定するには難しい面があります。それは、これらのフレイルの身体的パフォーマンス測定が急性期の環境では推奨されていないため、入院患者を扱う際にはこれらの手段が使えないことが多いということです。

 

マルチモビディティの人々への介入を目標とするフレイルの利用については、NICEガイドラインでは研究においても推奨されています。例えば、フレイルは、高いレベルのマルチモビディティを抱えながら地域で生活する人々のための全人的な評価と管理の介入の臨床試験評価の対象グループ設定方法の一つとして用いられています。さらに、フレイルは、マルチモビディティの人々の治療負担を軽減するための脱処方の介入について、無作為化比較試験の対象とされました。

 

Multimorbidity in LTCs: the example of nuerodegenerative disease and multimorbidity

 

LTCがひとつある人は、多くは他の複数のLTCを持っていますが、ほとんどの臨床ガイドラインは単一の疾患にのみ焦点を当てています。高齢者を各併存疾患のガイドラインすべてに従って治療すれば、必ずポリファーマシーが発生し、薬物相互作用とそれに伴う影響が生じる可能性があり、これはフレイルの人や認知機能が低下した人ではより顕著になる可能性があります。個々の薬剤の予防効果は、複数の薬剤を使用している人では低くなり、余命が限られている人ではさらに低下します。さらに、個々のガイドラインエビデンスは、若くて体力のある患者から得られたものであることが多く、マルチモビディティの高齢者は臨床試験から除外されることが多いため、高齢者を扱う臨床家が目にする典型的な集団へガイドラインの内容を適応するには限界があります。

 

神経変性疾患は、NICEガイドラインが対象としている身体的・精神的問題を抱えたマルチモビディティの人々の有用な例となります。パーキンソン病(PD)は、先進国で2番目に多い神経変性疾患であり、認知症、軽度認知障害(MCI)、うつ病、精神病などの身体的・精神的健康問題を包含する加齢性多臓器疾患です。併存疾患がマルチモビディティ患者のQOLに及ぼす影響に関する最近の研究では、PDが最も顕著な悪影響を及ぼすことが報告されています。一方、ドイツで行われたマルチモビディティと長期介護依存に関する研究では、介護施設への入所リスクが最も高い疾患はPDと認知症であることが示されました。ポリファーマシーはPDではよくみられ、英国のプライマリヘルスケアのデータでは、55歳以上のPD患者の19.2%が10種類以上の薬を服用しているのに対し、対照群では6.2%でした。同じ研究で、併存疾患がない人の割合は、対照群の22.9%と比較して、PD患者では7.4%だけでした。これらの研究をまとめると、PDにおけるマルチモビディティは、施設入所や薬の使用という点で医療費にも大きな影響を与えており、PDに関連する過剰な支出の一部は、併存するLTCによって引き起こされているということになります。さらに、マルチモビディティがPDの病気の進行や合併症を引き起こす可能性もあります。ある研究では、心血管疾患と糖尿病の併存が認知機能にわずかな負の影響を及ぼす証拠を発見しました。この影響は年齢、PDの期間と重症度、および薬物使用とは無関係でした。一般(非PD)集団では、マルチモビディティは、MCIまたは認知症の長期的なリスクと関連しており、基礎疾患として認知症がある人では認知機能の低下を加速させる可能性があります。

 

Managing multimorbidity

 

老年医学者にはおなじみのNICEガイドラインでは、マルチモビディティを考慮したケアのアプローチが提唱されており、個人に合わせた評価と個別の管理計画の作成が行われています。その目的は、治療の負担、有害事象、計画外のケアを減らすことで、生活の質を向上させることです。このアプローチでは、個人のニーズ、治療に対する嗜好、健康上の優先事項、ライフスタイルを考慮します。特に断片的になってしまったサービス間の連携を改善することを目的としています。このアプローチは、本人が希望した時や、BOX1に該当する場合に検討されるべきです。

 

NICEのガイドラインは、American Geriatrics Society(AGS)によって詳述されたアプローチを発展させたものです。このガイドラインでは、複数の慢性疾患を持つ高齢者のプライマリケアにおいて、予後、治療と疾患の相互作用、治療の有益性と有害性、その後の再評価などを考慮した治療計画を用いることが推奨されていました。AGSとNICEのガイドラインでは、急性の重症な状態、せん妄、認知症、重度のフレイルなどの理由で患者がケアに関する話し合いに参加できない場合については特に考慮されていませんが、危機的状況や能力の喪失が生じる前に、治療計画を作成しておくというアプローチは良い方法です。

 

マルチモビディティのマネジメントにおけるもう一つの課題は、フレイルのマネジメントにおいてCGAには確かなエビデンスがあるのとは対照的に、マルチモビディティの各要素におけるアウトカムを改善するための介入の有効性に関するエビデンスが少ないということです。プライマリケアと地域社会におけるマルチモビディティへの介入に関する最近のコクラン・レビューでは、RCTの数が限られており、その結果もまちまちでした。介入は主にケアの提供に焦点を当てており、精神的な健康状態や患者が申告したアウトカムの改善にはつながる可能性が高いものの、臨床的なアウトカムや医療サービスの利用の改善にはつながっていませんでした。この分野のさらなる介入研究が必要です。

 

最近の興味深い論文では、マルチモビディティのマネジメントにおいて、より繊細なアプローチが提唱されています。著者らは、神経内分泌系、免疫系、ミトコンドリア系の生理的調節障害の背景にある、生物心理社会的因子の重要性を強調しています。彼らは、将来のマルチモビディティ患者の治療には、健康増進、感情的および社会的支援、ストレス管理などの環境要因に加えて、高分子および細胞の機能不全を標的とする低分子治療薬までもが含まれるのではないかと考えています。

 

Conclusions and future directions

 

マルチモビディティは、高齢者を扱う専門家にとって非常に重要な概念です。これまでの研究は伝統的にプライマリケアを中心に行われてきましたが、マルチモビディティは老年医学者が直面する課題と同義であり、病気のプロセスの複雑さやポリファーマシーは、本人やその家族、医療サービスにとって特に負担となります。これまでの研究では、併存症とフレイルの横断的な重なりを調査してきましたが、単一のLTC、多併存疾患、フレイル、障害の時間的な関係についての研究は限られています。さらに、複数のLTCを持つ神経変性疾患患者を対象とした研究は、認知症に関する限られた研究を除いて、ほとんどありません。

 

マルチモビディティの高齢者のニーズを満たす方法について、一貫した研究戦略を策定することは重要な優先事項です。英国では、National Institute for Health Research (NICE)がこの研究分野に力を入れており、複雑な医療ニーズを持つ高齢者のエビデンスの強化に継続的に取り組んでいます。NICEは、この分野の研究の主要なテーマとして、ケアの組織化、地域での全人的な評価、予防的な薬の中止、余命の予測を推奨しています。これらのトピックは、高齢者、一般市民、医療従事者の優先事項に合わせてさらに改良する必要があります。

 

今後の研究では、これらの分野に焦点を当て、適切にターゲットを絞ったRCTを行うとともに、新しい治療ターゲットを特定するために、潜在的な共通の生理学的プロセスを探究する必要があります。老年医学者は、この分野の研究を推進し、高齢者の複雑な健康ニーズに沿ったエビデンスに基づいて、マルチモビディティの新たな地平を確実に切り開いていくことができる理想的な立場にあります。

 

キーポイント

  • マルチモビディティとは、2つ以上の長期にわたる疾患を持つことであるとで定義され、年齢とともに増加する
  • フレイルとマルチモビディティの間にはかなりの重複が見られる
  • マルチモビディティに関する最近のNICEガイドラインでは、個別の評価とケアプランを必要とする対象群が示されている
  • フレイル、認知症、ポリファーマシーなど、マルチモビディティの複雑さは、医療費の負担を増大させる

新型コロナウィルス感染症後のリハビリテーション

以下はPhysio-pedia というサイトの

COVID-19: Post-Acute Rehabilitation

という記事のほぼ全訳です。

 

はじめに

現在、世界の国々はCOVID-19パンデミックの様々な段階にありますが、多くの国が「次」のフェーズへ進んでいます。この疾患の患者は長期的な機能障害と能力障害に苦しむ可能性がありますが、どの程度の機能障害と能力障害が引き起こされるかは、まだはっきり分かっていません。しかし、疾患のすべての段階(急性期、亜急性期、そして長期)でリハビリテーション(以下リハ)が必要であることは、初期の研究から明らかです。

リハとは「ある個人の能力障害を軽減し、またその人の環境と病状の相互作用を踏まえて能力を最適化するための一連の介入である」と定義されています。リハはCOVID-19の健康への影響を減らすための重要な手段となるかもしれません。

 

COVID-19患者におけるリハの効能

  • 健康面と機能面でのアウトカムの最適化:リハは集中治療室関連合併症Post Intensive Care Syndrome (PICS)、Intensive care unit acquired weakness (ICUAW)などを減少する
  • 高齢者や並存症のある人は重症化しやすいことが分かっています。リハはこれらの人々において、以前の機能を取り戻し自立した生活を維持するために有効

  • 早期退院の促進:パンデミックの際には多くのベッドが必要となり、患者を普通よりも早く退院させる必要があります。患者を退院させる準備を整え、複雑な退院調整を行い、ケアの継続性を担保するためにはリハが必要です

  • 再入院のリスク低減:リハは患者が退院後に悪化して再入院する必要がないようにするために重要です。COVID-19パンデミックの時には、病院のベッドが不足するためとくに重要です

 

COVID-19亜急性期のリハ

  • COVID-19の影響は様々であり、特徴的なリハが必要な状況としては以下のようなものがあります:
    • 長期の人工呼吸管理
    • 不動
    • 体調不良
    • 関連する機能障害–呼吸器系、神経系、筋骨格系
  • 既存の並存症があるCOVID-19患者においてはそれも考慮に入れたリハプランを立てる必要があります。

リハにおけるCOVID-19患者の臨床像

合併症

COVID-19患者の並存疾患には以下のものが多い:

  • 高血圧
  • 冠動脈疾患
  • 脳卒中
  • 糖尿病

早期のCOVID-19合併症:

  • 急性呼吸促迫症候群(ARDS)
  • 敗血症、敗血症性ショック
  • 多臓器不全
  • 急性腎傷害
  • 心不全

これらの合併症がある場合、おおくはICUに入院します。

長期のICU滞在によって生じうる病態:

Critical Illness Polyneuropathy (CIP)

  • CIPは軸索変性による運動・感覚の混合性のニューロパチーで、ARDSでICUに入院した患者に生じることがあります。
  • CIPは以下のような問題を引き起こします:人工呼吸器離脱困難、全身の対称性の筋力低下(近位筋の低下が著明、横隔膜の低下を伴う)、遠位の感覚障害、筋萎縮、深部腱反射の減少または消失
  • CIPは以下の症状にも関連しています:痛み、可動域低下、疲労、失禁、嚥下障害、不安、うつ、PTSD、認知機能低下
  • CIPは以下の方法で診断されます:筋生検、筋電図検査

Critical Illness Myopathy (CIM)

  • ARDSでICUに入院した患者の48-96%にみらる
  • 脂肪変性、筋線維萎縮および線維化を伴う非壊死性びまん性ミオパチー
  • 以下のことに関連:ステロイドの使用、麻痺、敗血症
  • CIPに似た臨床像であるが、筋力低下はより近位に起こり、感覚は保たれる

多発ニューロパチーよりもミオパチーでは元どおりに回復する割合が多いです。

 

Post Intensive Care Syndrome (PICS)

COVID-19の特徴として、急性期およびICUでの治療において人工呼吸器が、かなり長い期間にわたって必要とされることが明らかになっています。この長いICU滞在の影響は、何ヶ月も何年も続くことがあります。

PICSの特徴は次のとおり:

  • 認知機能障害:記憶、注意、視空間認知、精神運動、衝動性
  • 精神疾患:不安、抑うつPTSD
  • 身体機能障害:呼吸困難/肺機能障害、吸気筋力の低下、痛み、性機能障害、持久力低下、ニューロパチー、筋力低下/麻痺、上肢筋力低下・握力低下、膝伸展筋力低下、重度の疲労感、予備能力の低下

PICSによる神経筋合併症は、多くの場合、運動能力の低下、転倒、さらには四肢麻痺を引き起こします。

PICSの危険因子:せん妄、ICU入室期間、鎮静期間、人工呼吸器使用期間、年齢、低酸素血症や低血圧、敗血症、血糖コントロール不良、病前の精神的および身体的併存症

今後、世界中でCOVID-19パンデミックによって生じたICU入室後患者が一気に増えるでしょう。したがってリハを調整して提供する体制が重要になってきます。

 

SARS-CoV-2ウィルスの残存期間

感染後に体調が回復して、検査で2回陰性であれば、その患者は治癒したとみなされ、感染力はない状態とみなされます。しかしながら、あとになって再び陽性になる患者が報告されています。また、治癒後15日は、患者の咽頭や糞便にウィルスを検出したとの報告があります。これらの報告から、患者が退院したりリハ施設に移った後も、引き続き感染力があるかもしれないと考える必要があります。

COVID-19の後遺症

心臓の後遺症

COVID-19で入院した患者には心臓の傷害を伴っていたという報告があります。心臓が傷害されるメカニズムはわかっていませんが、この心臓の傷害による症状は以下のようなものです:

  • 不整脈
  • 心不全
  • EFの低下
  • トロポニンIの上昇
  • 重度の心筋炎による収縮能の低下

心臓の傷害も他の合併症と同様に亜急性期のリハにおいて考慮する必要があります。

神経系の後遺症

COVID-19患者において、さまざまな神経学的症候が報告されています。COVID-19に関する文献のレビューでは、COVID-19で入院した患者では二次的な神経学的合併症のリスクが増加することが示されています[14]。症状には以下のものが含まれます:

COVID-19の亜急性期リハを開始する際には、これらの神経学的要因について考慮する必要があります。

筋骨格系の後遺症

亜急性期に生じる問題としてイタリア北部の理学療法士から報告された所見には以下のものがあります:

  • 体調不良
  • 重度の筋力低下
  • 関節の可動性の低下
  • 頚部や肩の痛み(仰臥位臥床による)
  • 起きることが困難
  • バランスと歩行の障害
  • CIP
  • CIM
肺の後遺症
  • 肺機能障害
  • 肺炎の後遺症としての肺の線維化 - 呼吸不全を呈し呼吸リハが必要
  • 除去のために排痰法を必要とするほどの気道内分泌物
認知機能の後遺症
  • 長期間の意識障害による覚醒困難や心理的な問題
  • せん妄やその他の認知機能障害
その他の後遺症
  • ADLの制限
  • 嚥下障害
  • コミュニケーションの障害

重度のCOVID-19感染症では通常よりも長期に渡ってICUに滞在し、長期の不動と仰臥位による合併症を生じる可能性があります。人工呼吸器離脱後は段階的に進めることが重要です。抜管後数日間は不安定な状態が続くため、患者を注意深く監視する必要があります。

 

リハ指針

  1. リスクの同定
    • 患者がすぐにリハを受けることができないことによる不利益、例えば入院や入院期間の延長などがどの程度が考えます。
    • 患者に関わる前に、セラピストが評価や治療を行うことによるリスクを評価する必要があります。
  1. できる限り患者と接触しないで出来るように試みる
    • 隔離されている患者と直接接触せずに情報を収集する革新的な方法を見つけましょう。主観的評価、治療前のスクリーニング、または退院計画の作成や、患者の動作の観察などに遠隔医療の手法の利用を検討しましょう。
  1. 患者の接触に必要な個人用防護具PPEを選定する
    • 患者が受けている酸素療法の種類によってエアロゾルが生じるかどうかが変わってきます。
    • エアロゾル感染予防が必要となる治療
      • ネーザルハイフロー
      • NIV:Non-invasive ventilation
      • ネブライザー
      • 気管切開チューブが入っていて、開放式の吸引を行なっている(人工呼吸器の有無は問わない)
    • 喀痰が誘発される手技でもエアロゾル感染予防策が必要です
      • 呼吸リハ
      • 痰の喀出をもたらす活動–起居動作、歩行、ベッドサイドADL、腹臥位
  1. 直接接触する治療を開始する前に考慮するその他の事項
    • 汚染しないようにPPEの着脱は順序を決めて行う
    • 治療は安全に行える必要最小限の人数で実施
    • 機器の使用については慎重についての考慮
      • 感染予防策のなかで使用でき、確実に除染ができるもの
      • COVID-19エリアとnon-COVID-19エリアの間で機器を移動させない
      • 使い捨ての機器を使用する(例;重錘のかわりにセラバンド)

入院リハユニットの設計と手順に関する提案

これらの提案の多くは、中国とイタリアでの経験や、SARS流行の経験から導き出されました。

  • COVID-19後の患者のリハには隔離されたエリアやユニットが必要
  • 急性期のベッドは急性期ケアのためにはやく空ける必要があるため、患者は通常よりも早く急性期から移す
  • 患者は自室内にとどまる
  • 治療は1対1で
  • 集団リハやリハ室での治療はしない
  • 患者は家族が面倒をみることができるのならばできる限り早期に退院させ次の患者のために部屋を空ける
  • パンデミックの期間中は、介護施設や老人ホームは新しい入居者を受け入れない可能性があるため、これらの施設へ退院は困難である
  • 有機器は患者間で除染する
  • 可能な場合は使い捨て機器を使用する
  • 電極スポンジ、ホットパック、ゲル、局所ローションなどの使用には特別な注意を払う必要あり
  • 治療は必要最小限の要員に抑えるように計画する(つまり、2人で介入するよりは補助具を使用してセラピスト1人で介入する、など)
  • 患者と接触する担当者の数を最小限に抑えます。1人のスタッフに患者のケアのほとんどを実行させる
  • 歩行訓練は普段使用しない場所で行う
  • 患者はサージカルマスクを装着し、セラピストは必要なPPEを装着
  • 患者はつねに他の人とのソーシャルディスタンスを保つ

 

リハ部門スタッフへの配慮

  • リハ担当者の頻回な健康チェック
  • 病気や隔離、人員の再配置による人員不足が生じる可能性あり
  • スタッフ/患者の比率を変更する
  • 指針や手順は新しいエビデンスが得られれば順次変更するため、継続的なスタッフのトレーニングが必要
  • PPEの取り扱いについては繰り返し個別に訓練をする
  • 現場スタッフからの継続的な情報は他のヘルスケアスタッフにとってとても重要である
  • 遠隔リハなどの利用についても検討
  • 仕事の効率はPPEの使用や他の感染対策によって影響を受ける
  • 可能ならばリモートでのスタッフミーティングを行う

 

COVID-19後の亜急性期リハガイドライン

WHOとPAHOはCOVID-19流行期におけるリハでの考慮事項についての文書を示しています。亜急性期のリハを受ける患者は、適切な治療計画を立案するために多職種による評価をうける必要がります。COVID-19による呼吸器やその他の器官への直接的な影響や、後遺症や合併症(ICU長期滞在や、人工呼吸器によるものも含む)がリハ計画に影響を与えます。その他のリハ計画に影響を与える要因としては、退院先と退院までの日数があります。

現時点ではCOVID-19後のリハに関するエビデンスは十分ではありません。現在のエビデンスの多くは中国、イタリアなどの地域から提供された情報に基づいています。これらのエビデンスは該当地域の専門家の経験と意見に基づいています。

 

亜急性期のリハにおける一般的な考慮事項

  • COVID-19の急性期から回復した患者は、能力障害もしくは機能的な損傷(呼吸機能障害やCIP、CIM、PICS)、参加の制限や、QOLの低下を生じている可能性があります(入院期間の長さに関係なく)
  • 回復までの期間は人それぞれです。呼吸不全の程度や、身体機能障害(筋力低下)、情緒障害、合併症の有無などで変わってきます
  • 経過をみるための臨床的な指標として重要なのは日々測定される、体温や酸素飽和度、Sp02/Fi02、咳、呼吸困難感、呼吸数、胸腹部の呼吸運動などです
  • 酸素療法からの離脱プロトコルはシンプルで再現性のあるものを用いるべきです
  • 人工呼吸器から離脱した患者に対するリコンディショニングのための介入が、長期の不動の影響を改善するのに役立ちます
  • 四肢の筋力やROMを評価します
  • 患者の自覚症状に基づいて負荷量を漸増する運動を行うことが、機能回復・維持に役立ちます
  • リハが必要であるが、隔離されている患者については遠隔医療システムの利用を考慮します
  • バランス機能の評価をできるだけ早く行います(特に長期間臥床していた場合)
  • 運動耐用能と運動中の酸素化について評価する必要があります

 

呼吸リハ

あまりに早期からの呼吸リハは、呼吸困難を増悪させたり、ウィルスを不必要に拡散させる可能性があるため推奨されません。急性期では、腹式呼吸、口すぼめ呼吸、気道浄化手技、肺拡張法、インセンティブパイロメトリー、胸郭の徒手療法、呼吸筋トレーニング、有酸素運動などはお勧めしません。気管支拡張症、続発性肺炎、増加した分泌物の誤嚥などの合併症が発生した場合、体位排痰および立位訓練(徐々に時間延長)が分泌物の管理に役立つことがあります。

亜急性期リハにおける呼吸器の評価には以下のものが含まれます:

  • 呼吸困難
  • 胸郭の運動性
  • 横隔膜の運動性
  • 呼吸筋力(最大吸気圧と呼気圧)
  • 呼吸のパターンと回数

また、心機能についても評価します。

 

亜急性期には、以下の呼吸リハを行います:

  • 筋力低下があれば吸気筋のトレーニン
  • 腹式呼吸
  • 胸郭の拡大(肩を挙上する)
  • 呼吸筋のモビライゼーション
  • 気道浄化手技(必要に応じて)
  • 必要なら呼気陽圧装置の仕様

呼吸器系に過負荷をかけて呼吸不全を引きおこなないように注意してください。

中国での無作為化比較試による研究があり、急性期医療からの退院後6週間、週に10分のセッション2回からなる呼吸リハプログラムの効果を検証し、呼吸機能、持久力、QOLおよびうつ病の有意な改善を示しました。呼吸リハプログラムには、呼気陽圧装置を使用した呼吸筋トレーニング、咳エクササイズ、横隔膜トレーニング、胸部ストレッチング、および口すぼめ呼吸が含まれていました。

患者を綿密にモニターするには次のような指標を用います:

  • 呼吸困難
  • SaO2低下(<95%)
  • 血圧(<90/60または>140/90mmHg)
  • 心拍数(>100/min)
  • 体温(>37.2℃)
  • 過度の疲労
  • 胸痛
  • 重度の咳
  • 視野の異常
  • めまい
  • 動悸
  • 発汗
  • バランスの喪失
  • 頭痛

亜急性期リハの患者は、集学的なリハプログラムを開始することが可能です。呼吸リハの手法を適応することが可能ですが、正式な肺機能や運動テストなどのリハ前の評価は、おそらく最初は実行不可能であり、感染性の患者では実行できないことに注意してください。トレーニングは、機器をまったく使用しないか、最小限に抑えて、比較的単純な段階的な機能的エクササイズと強化エクササイズから開始する必要があります。

身体機能のリハビリテーション

臨床評価指標

パンデミック中には、患者評価のための高度な機器が利用できない場合があるため、簡単にできるテストを使用することをお勧めします。使用できる臨床評価指標には以下のものがあります:

  • ADL制限を同定するためにPatient Specific Functional Scale
  • リハ開始前、開始中、終了後の酸素飽和度と心拍数をモニター
  • 呼吸困難と疲労度の評価に修正Borgスケール
  • 機能・能力障害の評価に国際標準化身体活動質問票
  • 機能・能力障害の評価にPhysical Activity Scale for the Elderly
  • Berg Balance Scale
  • 6分間歩行テスト - 運動耐用能を評価
  • Barthel IndexでADLを測定
  • Short Physical Performance Battery
  • 30秒立ち座りテスト
  • 握力測定
  • 徒手筋力テスト

多職種間で、メンバーのコミュニケーションを容易にし、患者に不必要な負担をかけないようにするために同じ臨床アウトカム評価を使用する必要があります。

 

特異的なリハ介入
  • 早期から運動を開始する方法:
    • 頻回な姿勢変換
    • 床上動作
    • 立ち座り
    • ベッド上での運動
    • ADL動作

リハ中の患者の呼吸器系と循環動態をモニターすることが重要です。

  • 四肢の自動運動後に、漸増抵抗筋力増強を行います(8-12RMの負荷で8-12回の反復運動を、1-3セット2分間の休憩を挟んで実施するセッションを週3回、6週間行うプログラムを推奨)
  • 神経筋電気刺激が筋力強化補助に役立ちます
  • 有酸素運動としては、歩行や自転車、上肢エルゴメーター、ステップ運動を行います
  • はじめは有酸素運動の負荷量は3Mets未満にします
  • 徐々に延長して20-30分の有酸素運動を行います
  • 効率の良い動作の指導を行います
エクササイズに対する医学的なアドバイス
  • ADL動作や身体活動は徐々に増やす
  • 日常の機能を回復するための運動を提供する
  • PICSの患者では特に注意してすべての動作をモニターする
  • 運動負荷は低~中強度で、時間を制限して実施する。ICU患者やPICS患者は、運動耐用能が非常に低いことに注意
  • COVID-19感染前の患者の活動レベル、患者のニーズ、および患者の現在の身体能力により、運動処方の具体的なパラメーターを決定
  • COVID-19感染後には、肺機能や心機能が低下している可能性があるため、亜急性期はリハ後の息切れと疲労については、修正Borgスケールで最大4点までを推奨
  • COVID-19感染後には十分な運動評価は行えないため、運動処方に必要なパラメータを決定するための適切な臨床情報がない可能性があり、中程度/高強度での身体トレーニングに伴うリスクを推定することができない
  • 頻度、強度、時間、期間、運動の種類を指定して運動療法を処方する

 

リハ提供者への行動指針

以下はCOVID-19の大流行時に、リハ施設、民間の診療所、および病院が、高品質のサービス提供を保証するための行動の指針です。

  • COVID-19の発生状況や地域、ガイドラインに関する最新情報を手に入れる
    • COVID-19に関する調整機関とのネットワークを構築する
    • COVID-19ガイドラインプロトコルを入手し普及させ実施する
    • 患者との頻回なコミュニケーションを確保し、重要な情報を配信する
  • リハは感染防止対策に基づいて行われるべきであり、医療従事者は暴露リスクに応じて適切なPPEを使用する
    • 感染対策手順を決める(だれに、いつ、どのように行うか)
    • エアロゾルが発生する手技をするリハ職は必要なPPEを装着する
    • リハ職員(とその家族)は、優先的にCOVID-19テストを受けられるようにする
    • 感染予防策のトレーニングはすべてのリハ職にとって重要
  • COVID-19の亜急性期や回復期のリハ職を増やす
    • 労働力不足への対応
    • 地域のリハ専門家(退職者、研修生、研究者、民間など)を活用し、
    • その人たちを支援するためのトレーニング法と監督方法を開発する
    • 休暇の延期、シフト変更、パートタイム契約のフルタイムへの移行などを実施して、既存の労働力の生産性を確保する
    • 高リスクのリハ職を特定し、診療を行うための明確で厳しい条件を設定する
    • リハ職の燃え尽き症候群を予防し、心理社会的支援へのアクセスを保証することによってサポートする
  • 追加の装置
    • COVID-19のために必要となる機器、パルスオキシメーターや、リハに必要なリフトや歩行補助具、呼吸器/循環器のリハに必要なエアロバイク
    • 早期退院を支援する、歩行フレーム、ポータブルトイレ、マットレス、移乗用具など
  • COVID-19患者のリハ管理
    • 最新のガイドラインプロトコルを導入する
    • 呼吸器おおび身体機能不全のあるCOVID-19患者に適応できるリハ資源をそろえる
    • これらには以下のものがふくまれる:
      • 段階的な運動プログラム
      • ペース調整の方略
      • 行動変容
      • 姿勢に関するアドバイス
    • 医学的な悪化に関するレッドフラッグの認識
    • COVID-19患者を追跡しフォローアップするシステムの導入
    • COVID-19患者が必要なサービスの連絡先リストをつくる
  • 感染対策のためのリハプラクティスの変更について
    • 感染リスクを低減するための、リハ機器と補助具の管理体制の開発と実施
    • PPEの使用による影響、例えば着脱に時間がかかることや、患者との信頼関係に対する影響などについて事前の準備をする
    • セラピストと患者の接触を減らすために、別々のチームでの仕事を計画する
    • 複数の専門家と患者との接触を最小限に抑えるための、プラクティスの範囲や多職種介入を修正
    • 多職種チームは、対面でのやり取りよりもバーチャルミーティングを行う
    • 技術的、デバイス、ネットワーク、コストなどの遠隔医療の障壁を克服する
    • 患者のベッドをグループ化し、感染のリスクを減らすために間隔を調整
    • リハ施設内での患者の動きを制限するために、リハセッションは患者のベッドスペース内で行うべき
    • ジムなどの共有スペースの使用を避ける
    • ベッドの使用率を最大化し、リハ施設での患者の時間を最小化するための患者退院プロトコルを開発する
  • 患者の心理社会的サポートへのアクセスを確保する
    • COVID-19患者では、不安やうつが増加するため、患者がリハ中に必要なサポートを利用できるようにする
    • COVID-19のアウトブレイクにより家族などの通常のサポート体制が崩壊しうることに注意する。家族とのコミュニケーションなどの支援を促進
    • リハ専門職に心理的社会的応急対応技術のトレーニングとアクセスを提供する
    • ピアサポートカニズムを実施する

骨折の保存療法の一般原則

前回に引き続き、Up to Date のほぼ全訳です。

General principles of definitive fracture management

 

Authors:Anthony Beutler, MDStephen Titus, MD

Section Editors:Patrice Eiff, MDChad A Asplund, MD, MPH, FAMSSM

Deputy Editor:Jonathan Grayzel, MD, FAAEM

Literature review current through: Mar 2020. | This topic last updated: Mar 12, 2019.

 

INTRODUCTION

骨折の治療の基本は「動かさないこと」です。複雑骨折や不安定型の骨折では、多くの場合は内固定(=手術による固定)によって動かないようにします。一方で、ずれる危険性の低い安定型の骨折ではキャスティング(=ギプス)による固定によって動かないようにすることができます。キャスティングは整形外科医や習熟したプライマリケア医が巻きます。ここではキャスティングの原則と方法、ならびに必要なフォローアップについて述べます。

 

CASTING

Overview ― キャスティングは非開放性のずれていない骨折の標準的な治療法です。キャストは骨折部を安定させ、骨膜周縁の仮骨形成を促し、骨折の治癒過程を促進します。キャストを開始する最適な時期は、外傷後の腫脹が解消した時期です。多くの場合は受傷後5-7日になりますが、骨折の部位や種類によって変わります。キャストを装着するまでのこの期間はスプリントを使用します。しかし、いくつかの骨折では、最初からキャストを使用する方が良い場合があります。その場合、単一のキャスト(いわゆる普通のもの)を使用する場合もありますが、キャストを二つのパーツに分けて、軟部組織の腫れに対応できるようにすることもあります。

急性期からキャストを使用する骨折には以下のようなものが含まれます:

    • 整復が必要
    • ふたつの隣接する骨の骨折(橈骨と尺骨など)
    • 分節骨折
    • らせん骨折
    • 骨折部のずれがある
    • 筋収縮によりずれを生じる可能性の高い部位の骨折

上腕骨近位部骨折などはキャスティングに適していません。また小児のある種の足関節骨折はキャスティングすべきですが、あまり行われません。それでも非観血的治療方法としてキャスティングは選択肢のひとつとして残っています。キャスティングを成功させるには3つのことが必要です:最適な素材、最適な姿位、最適なキャスティングの種類の選択です。

 

Materials ― 多くの素材がキャスティングに利用されていますが、グラスファイバーと石膏がもっともよく使用され、安価です。グラスファイバーは軽量で強く、通気性があり、石膏よりも固まるのも早いです。腫脹した四肢を模したモデルによる研究によると、グラスファイバーをストレッチ-リラックステクニックで使用した場合、石膏よりも腫脹に対して対応し、皮膚表面圧を低く保つことが示されています。しかし、グラスファイバーは皮膚刺激性であるため、医師は手袋を装着してキャストを巻く作業をする必要があります。

石膏はグラスファイバーよりも均一に作成することができるため、骨折の整復においては有利です。 また、石膏は固まるまでに時間がかかるため、経験の浅い医師でも正確に装着させることができます。しかしながら、石膏テープはグラスファイバーよりも扱いにくく、重く、壊れやすく、さらに硬化する際に発熱します。これらの理由により、多くの臨床医はグラスファイバーを好みます。

グラスファイバーや石膏から皮膚を保護することは、皮膚損傷などの合併症を防ぐために不可欠です。皮膚保護のためにまずはストッキネットをつけ、その上から必要な分だけ緩衝材を巻きます。ストッキネットも緩衝材も以前は綿で出来ていましたが、今は合成繊維のものを利用できます。いくつかの合成繊維はキャストが濡れても大丈夫なように設計されています。

緩衝材は適切な量を使用することが重要で、特に骨突出部(外側上顆、尺骨茎状突起、内果・外果など)は、皮膚損傷を予防するためにしっかりと覆います。しかし骨折部に過剰に緩衝材をまくと、固定が不十分になるため注意が必要です。

 

Type of cast ― 適切なキャストを選択する際に考慮すべきことは、どの関節まで覆うか、どのくらいの長さにするか、ということです。固定の効果を最大にするためには、骨折部の近位の関節と遠位の関節を含むキャストを使用する必要があります。これは橈骨遠位端骨折の様な不安定な骨折の治療では重要です。可能な限り骨折した骨の全長がキャスト内にふくまれる長さにします。添付の表には、いくつかの一般的なキャストと適応のある骨折の一覧を示しています(表1)

 

表1. 一般的なキャストと適応となる骨折

キャストの種類

骨折

主な特徴

Short arm cast

第2−5中手骨基部の骨折

偏位のない三角骨骨折

手関節30度

上端は肘窩の2cm下

緩衝材 1-2層

キャストテープ 2層

Short arm cast

偏位のない橈骨遠位端骨折

手関節中間位

上端は肘窩の下2cm

緩衝材 1-2層

キャストテープ 2層

Long arm cast

整復された橈骨遠位端骨折

手関節軽度屈曲・尺屈位、肘90度屈曲

上端は腋窩の3cm下

緩衝材 1-2層

キャストテープ 3層

Short arm cast with thumb spica

第1中手骨基部関節外骨折

舟状骨骨折が疑われる時

偏位のない遠位1/3の舟状骨骨折

手関節30度

上端は肘窩の2cm下

緩衝材 1-2層

キャストテープ 2層

Long arm cast with thumb spica

中央から近位1/3の偏位のない舟状骨骨折

手関節軽度屈曲・尺屈位、肘90度屈曲

上端は腋窩の3cm下

緩衝材 1-2層

キャストテープ 3層

Short leg walking cast

腓骨骨幹部単独の骨折

単独の果部骨折や腓骨遠位の骨折

踵骨隆起(内側/中間/外側突起の骨折)

距骨頂部/頭部/剥離骨折

偏位のない中足骨骨幹部骨折

第5中足骨近位部剥離骨折

足関節90度

キャストの上端は膝窩の4cm下

緩衝材 3-4層

キャストテープ 4層

Short leg non-weight bearing cast

踵骨載距突起基部骨折

距骨頸部/体部骨折

整復された中足骨骨折

第5中足骨近位部骨折(Jones骨折)

足関節90度

キャストの上端は膝窩の4cm下

緩衝材 3-4層

キャストテープ 3層

 

Application of cast ― グラスファイバー製キャストの装着のキモを以下に示します。

 

適切な幅の緩衝材とキャストテープを選択する

一般に5cm幅のテープは手、7.5cm幅は前腕、10cm幅は下肢や上腕に用いられます。ストッキネットの幅はキャストのサイズに基づいて選択します。ストッキネットはキャストよりも少し長めに切り、最後に折り返してキャストの端を覆うことで、ふちをなめらかな状態にすることができます。

最初にストッキネットを被せる

シワにならないように注意します。シワがあると圧損傷を引き起こすかもしれません。その次に緩衝材を巻きます。四肢の遠位から近位へと、半分重なるように巻きます。骨突出部には追加の緩衝材をあてます。一般的に上肢は2層、下肢は3-4層が最適です。

緩衝材をまいて四肢を適切な位置におき、キャスティングテープを水にぬらす

グラスファイバーは冷たい水を用いる必要があります。石膏ではぬるま湯か室温の水を用います。水が温かいほど早く固まりますが、熱傷の原因になるかもしれません。

キャスティングテープを遠位から巻く

グラスファイバーテープを巻く時には、しっかり引き伸ばしてからすこし緩めてまくことで、皮膚表面への圧を軽減することができます。

特定の場所、例えば母指まわりなどを巻く時には切れ目を入れる

それによってキャストが緩むのを防ぐことができます。

最後のキャストの数巻きは必要に応じて型を整えながらおこなう

整型の目的は不安定な骨折のアライメントを保つことです。楕円状のキャストの方が、正円のキャストよりも骨折部を適切なアライメントに保つのに適しています。

不適切な整型やキャストに鋭利な突起があると、皮膚損傷のような重篤な合併症を引き起こします。経験の少ない臨床医は、整型を楕円状にやさしく整えるようにすべきです。手のひらを用いて行い指を使わないようにします。この方法ならば、皮膚損傷のリスクを低減し、ある程度適切な整型ができます。

熟練した臨床医は3点整型技術を用います。これは1点を骨折部の真上に、骨折部がずれやすい方向に対抗するように直接圧をかけます。そしてのこり2つの点は、ひとつめの点の反対側の両端から圧をかけて骨折部を固定します。この3点の圧はキャストを装着するまで維持します。上でも述べたように、手のひらを使用してキャストを整型し、指の使用はさけます。

ストッキネットの両端を折り返してキャストの端を覆う

このステップの後に、キャスティングテープを1層追加で巻きます。この写真では、指の角度が付けられているため手首が橈屈しているように見えますが、手関節は中間位です。

最終的にshort arm castでは2層のグラスファイバーテープ、免荷のshort leg castでは3層、荷重するshort leg castでは4層になります。

キャストをチェックして、突起や鋭いエッジがないことを確認する

キャストの遠位部に感覚障害や血流障害がないことを確認します。適切なキャスト治療について書面による説明・指示を患者に提供する必要があります。

 

もうひとつ、経験の少ない臨床医にとって役に立つグラスファイバーのキャストを巻く方法があります。この方法は、キャストテープを巻く前に濡らさない点が異なります。グラスファイバーテープを直接巻いて、一層巻くごとにその上から水ベースのジェルをスプレーします。この方法だと長時間位置を調整することができます。

同じ手順で下肢のキャストも巻くことができますが、少しだけ注意する点があります:

    • ストッキネットの足関節背側にあたる位置に水平に切れ目を入れ、しわができないようにする
    • 10cmの緩衝材が下肢には必要、骨突出部(果部や腓骨頭)には追加の緩衝材も
    • 足関節を中間位に保ち(特に荷重キャストの場合)、拘縮を防ぐ
    • 神経血管の評価ができるように足趾の先はすべてみえるようにする

Positioning ― キャストを装着する関節はできる限り機能的肢位にします(表1)。通常は手関節や指は握れる位置にして、肘や足関節は90度にします。時にこの原則から調整する必要があります。例えば、橈骨遠位端骨折では、整復のために手関節を屈曲位よりもやや中間位に近い状態で固定します。

きちんと整復して、キャストを上手に巻いたとしても、キャスト装着で骨折部がずれることはあります。したがって、不安定な骨折やキャスト装着前に整復が必要な骨折では、キャスト装着後にレントゲン撮影をすることをお勧めします。

 

Complications ― 骨折による合併症についてはここでは述べず、キャスティングに伴う合併症について述べます。

キャストをつけることで不動化することは、骨折部を整復し骨折の治癒を促すためには重要である一方、それによって関節は拘縮し、筋は萎縮し、廃用症候群を生じ、塞栓症のリスクを高めます。キャストをきつく巻きすぎたり、軟部組織が腫脹してきつくなってしまうと、血管合併症を生じる原因となります。皮膚障害や絞扼性神経障害、コンパートメント症候群などが起こります。キャストをつけている患者が痛みや灼熱感、しびれを訴えた場合には直ちに評価をすべきです。

患者の年齢や依存症によっては、通常の期間のキャスティングでも、理学療法作業療法が必要な程の運動機能と筋力の低下を来す場合があります。他の合併症としては皮膚熱傷があります。これは石膏に温かいお湯を用いた場合に発症する可能性が高くなります。

 

Cast removal ― キャストを巻いた臨床医は、患者がきちんとキャストを除去できる医療機関にアクセスできることを確認しなければなりません。キャストの除去にはリスクがないわけではありません。キャストソーによる外傷は、多くが熱によるものと研磨によるもで、キャスト除去の1%に生じます。けがのリスクを減らすために、「アップアンドダウン」テクニックの使用を推奨します。これは、のこをキャストに沿って(潜在的には皮膚に沿って)引き切るのではなく、のこを押しあててキャストに穴を開ける感覚で皮膚に対して垂直に操作する方法です。熱傷のリスクは、先に使用して暑くなったのこを冷やすことでリスクを軽減できます。のこの刃を冷やす方法について検証した実験によると、以下の方法でより早く冷却できました:バキュームを使用しながら切る、70%イソプロピルアルコールをガーゼでブレードに塗布、もしくはキャストの緩衝材に塗布する、冷たい水ブレードにあてる。

 

Keeping casts dry ― 特に、暖かい季節に小児のキャストをぬらさずに保つことは困難を極めます。6つの方法を比較した観察研究によると、キャストをぬらさないために効果的で安価な方法は、キャストをビニール袋を2枚重ねで包み、ダクトテープで密閉する方法です。写真11に示すようにテープの半分をバッグの端に、もう半分を皮膚に貼ります。このアプローチは既製品と同じくらい効果的でした。場合によっては、既製品は迅速に付け外しができ、再利用できるため便利な場合があります。

 

FOLLOW-UP VISITS

Overview ― キャストが巻けて、骨折部のアライメントの確認ができたら、次の重要なステップは、タイムリーなフォローアップを確実にすることです。受診の間隔は、骨折の性質、キャストの種類、および患者のコンプライアンスによって異なります。

追跡の必要ないまれな例(健常成人の空気圧スプリントを使用した軽度の腓骨剥離骨折など)であっても、臨床医は、皮膚損傷、感染、神経血管障害の兆候、痛みの持続や増悪があった時に誰に相談するかについて明確な指示を提供する必要があります。不安定な骨折や整復後の骨折は頻繁に再評価する必要があります。正確な骨折部のアライメントが維持されるようにするには、最初は週に2回程度の頻度が必要です。

原則として、下肢のキャスティングでは安定性を重視して固定期間が長くなります。一方で上肢キャスティングは一般にROMを維持するために固定期間は短くなります。

 

Follow-up visits for stable fractures ― 安定した骨折のキャスティング後最初のフォローアップは、通常3~7日後に予定し、痛み、腫れ、またはその他の急性症状があれば、電話もしくは再受診するように指示します。その後のフォローアップは、患者とキャストによって異なりますが、通常、約2~3週間ごとにされます。

フォローアップのたびに、キャストの摩耗の有無と適切にフィットしているかを確認する必要があります。キャストが緩すぎる、きつすぎる、または過度に摩耗している場合は、キャストを交換する必要があります。ほとんどの荷重する石膏キャストは2~3週間しかもちませんが、荷重しない石膏キャストは約4週間もちます。グラスファイバーのキャストは通常​​、石膏のものよりも2週間長くもちます。これらの時間は患者の活動量、体重、および年齢によって変わってきます。子供と活動的な大人のキャストは、適切な固定を確保するために、より頻繁にチェックする必要があります。フォローアップは、適切なリハビリテーションを指導し、活動制限の遵守を確実にするために重要な機会です。

 

Follow-up visits for unstable fractures ― 不安定な骨折は、キャストによる保存的治療では、整復がずれたり、アライメントが不良になる傾向があります。アライメントの再評価をする時期は、骨折の種類と患者の年齢によって異なります。例として、小児の橈骨尺骨の骨折は、最も不安定な骨折の1つです。子供は比較的速い速度で治癒し、さらに前腕では許容される変形治癒の角度は限られているため、橈骨と尺骨の両方の骨幹部骨折は損傷後の最初の2~3週間は週に2回のX線撮影のフォローアップが必要です。逆に、成人の曲がってつきそうな橈骨遠位端骨折は、損傷後7~10日ごとに1回再評価する程度で、そのときに変形がしていても、成人の骨折片は比較的可動性があるため骨片を再操作できます。

不安定な骨折の治療期間中にアライメントを再評価するためのX線写真は、キャストをつけたままで撮影する必要があります。伝統的な石膏やグラスファイバー装着下で撮影されたX線写真は、長骨骨折のアライメントを判断するのには十分な明瞭さがありますが、治癒を確認するには不明瞭である可能性があります。いくつかのタイプのキャスティングテープは、優れたX線透過性(3M Scotchcast、M-PACT OCL Polyliteなど)があります。これは不安定な骨折を評価するときに役立ちます。

 

Orthopedic referral ― フォローアップの間に、整形外科的評価が必要な合併症を発症することがあります。例として、骨折部の角度の許容できない変化がフォローアップのX線写真でみつかることがあります。そのような場合は、最良の治療法を決定するために整形外科の診察を受ける必要があります。新たな神経血管障害がみられた場合も整形外科医による即時の評価を必要とします。

 

FRACTURE HEALING

キャスティングの目標は、骨折が適切に治癒するように十分な固定期間を提供することです。ただし、固定期間が長引くと合併症のリスクが高まります。骨折治癒の正確な評価は、これらの相反する二つの事項のバランスをとるために必須です。残念ながら、いつ臨床的に癒合したかを判断することは難しいです。骨治癒の基本的な生物学を理解し、臨床的および放射線学的要素を組み合わせて考えることで、骨折が治癒した時期を最も正確に推定できます。

 

Clinical assessment of fracture healing ― 適度な骨折の治癒が得られたうえで、過度の固定化による合併症を防ぐためには、臨床的骨癒合の適切な評価が不可欠です。骨折の生体力学的研究では、臨床的骨癒合は、通常、X線撮影で骨癒合の所見がえられる1~2週間前に起こることを示しています。さらに、骨折治癒の放射線学的パラメーターは観察者間の相関が低く、臨床的、生体力学的、組織学的測定値と比較すると治癒の進行を過小評価する傾向があります。

このX線撮影パラメーターの限界を考慮すると、一般的な臨床診療であれば、通常、損傷後4~6週間経過した、治癒していると予想される時期にフォローアップをスケジュールします。そしてキャストを外し、治癒の臨床的特徴を評価します。これらには、

    • 荷重に耐える能力
    • 骨折部位に圧痛がない
    • 手動ストレステストによって痛みが生じず安定している

ことが含まれます。骨折が臨床的な治癒を示し、治癒の適切な兆候がX線写真で見られる場合、骨折は治癒したと見なされ、患者はリハを開始します。骨折の臨床的治癒兆候を示さない場合、またはX線写真で適切な治癒が見られない場合はキャストを再装着します。または代わりに機能的スプリントやブレースを使用して、デバイスを外した時にマイルドなROMエクササイズを行うことができます。その後2週間で再評価します。

骨折の治癒は複数の生物学的および生体力学的要因に依存し、一部の患者は数回リキャストする必要があるかもしれません。骨折が治癒予定から4週間経過しても臨床的に治癒しない場合は、高度な画像検査(MRICTスキャン)と整形外科医への相談により骨治癒の追加確認を求める必要があります。

原則として、下肢のキャスティングでは、安定化と強度を最大化するために固定期間が長くなります。上肢キャスティングは、通常、ROMを維持するために固定期間を短くします。

 

ADJUNCTIVE THERAPY FOR FRACTURE HEALING

Overview and basic measures ― 骨折治癒を助けるために、いくつかの補助療法が使用されています。 詳細な議論はこのレビューの範囲を超えていますが、一般的な治療法のいくつかについて簡単に説明します。

骨折のあるすべての患者は、部位に関係なく、骨折の治癒を最大化するために、ビタミンDとカルシウムを含む良好な栄養を確保することが重要です。骨折予防におけるビタミンDの役割を支持する証拠は存在しますが、骨折急性期の治療のためのビタミンD補充の使用を支持する直接的な証拠はありません。しかし、脛骨と大腿骨の骨折のある73人の患者を対象とした観察研究では、骨折治癒の初期段階で血清ビタミンD濃度が低下していることが指摘されており、需要が高まっていることを示唆しています。活発な骨折治癒の期間中、ビタミンDの摂取を奨励するか、ビタミンDを処方することは、もともとビタミンDは一般に不足しがちであることや、害になる可能性も低いことを考えると、理にかなった慣行と言えます。ビタミンDを処方する場合、骨折治癒中の1日の用量は国際単位で1000単位が妥当です。

喫煙や過度のアルコール摂取は骨治癒を阻害します。患者は禁煙と飲酒の制限を推奨されるべきです。

 

Pharmacologic adjuncts

Systemic therapies ― 骨折治癒を促進するための薬理学的治療が幅広く研究されています。このような治療には、成長ホルモン、骨形成タンパク質、副甲状腺ホルモン、血小板由来成長因子、ビスホスホネートなどがあります。 ほとんどの研究は予備的なものであり、急性骨折の治療におけるこれらの役割は推測にとどまっています。

 

Local therapies ― 多血小板療法など、骨折治癒を改善するために局所に注射または適用される治療法が調査中です。しかし、研究は予備的なものであり、急性骨折の治療におけるそのような療法の役割は推測にとどまっています。

 

Prevention of complex regional pain syndrome ― 反射性交感神経性ジストロフィーとしても知られているCRPSは、限局性の痛み、腫れ、運動制限、血管運動の不安定性、皮膚の変化、骨の脱灰を特徴とする四肢の複雑な障害です。骨折は神経損傷の有無にかかわらずCRPSの代表的な刺激因子です。ビタミンC補充を含む、この症候群を予防するための対策があります。

 

Nonpharmacologic adjuncts ― いくつかの非薬理学的介入が骨折治癒を助けるために使用されています。これらには電磁刺激と超音波があります。電磁刺激は、標準的な治療では治癒できなかった骨折に対して行われた内固定術または骨移植後の治癒を早めるために頻繁に使用されます。電磁骨刺激は、通常は手術を必要とする非定型骨折またはストレス骨折での保存的治療の試行を増強するために使用されることが多く、限られた証拠ではあるりますが、これらの介入が有効であることが示唆されています。

米国食品医薬品局FDAは、急性骨折と偽関節の治療に低強度パルス超音波(LIPUS)を承認していますが、この介入を裏付ける証拠の質については議論が続いています。648件の骨折を含む12件の研究(8件のランダム化プラセボ対照試験を含む)の系統的レビューとメタアナリシスでは、利用可能な研究が高度に不均一で方法論的に制限されている(研究方法とバイアスのリスクが不明確)ことが指摘され、骨折治癒のための超音波のルーチンでの使用は支持しないと結論づけられました。脛骨幹部骨折の500人弱の患者を対象としたその後の無作為化試験では、偽装置で治療された患者と比較して、LIPUSで治療された患者のX線による治癒または機能に差は報告されませんでした。あらゆる種類の骨折または骨切り術の患者を含む26のランダム化比較試験の別の系統的レビューでは、LIPUSは患者にとって重要な転帰(たとえば、仕事に戻るまでの時間、その後の手術の必要性)を改善しないと結論付けました。