No. 143 インフルエンザ治療薬の予防投与について

インフルエンザ治療薬の予防投与について

 

インフルエンザ流行シーズンにはいりました。抗ウィルス薬の予防投与に関するCDC(Centers for Disease Control and Prevention)の推奨を要約したものを以下に掲載します。

 

そもそも予防投与よりも、年1回のインフルエンザワクチンの接種が最も有効なインフルエンザの予防法です。ノイラミニダーゼ阻害薬は耐性化していないウィルスに対してはおよそ70~90%の予防効果があるとされていますが、あくまでもワクチンの補助手段であり、CDCは予防投与として抗ウィルス薬を広範囲に、ルーチンに使用することは推奨していません。施設内でのアウトブレイク時の感染制御の手段のひとつです。暴露後予防のためにルーチンで予防投与をすることも推奨していません。その理由は、すでに感染している場合、予防投与の量では治療に必要な量を下回ることになるためです。それによってウィルスの耐性化が起こるかどうかははっきりしていません。

 

基本的には、ルーチンや暴露前の予防投与は推奨されませんが、以下の様な特定の状況においては、予防投与が推奨されます:

 

  • インフルエンザハイリスクの人(No.96参照)が、予防接種後2週間以内にインフルエンザ感染者と接触した場合
  • インフルエンザハイリスクの人が、予防接種が禁忌のため受けておらず、感染者と接触した場合
  • 重度の免疫不全の人が感染者と接触した場合

 

予防投与を意味のあるものにするには、抗ウィルス薬を感染者に暴露した可能性のある日からかかさず毎日内服し、7日間は続ける必要があります。さらに、ワクチン接種後すぐには抗体が産生されないため、成人の場合は、予防接種後2週間経過しないうちに暴露した場合は、予防接種後2週が経過するまで予防投与を行う必要があります。また、インフルエンザ患者への曝露から48時間以上経過した場合、予防投与は一般的に推奨されません。そして、予防投与を受けている状態で発熱性の呼吸器疾患を発症した場合は、できるだけ早く診察を受けることが推奨されます。

 

長期療養施設などのハイリスクな人が入所している施設においては、アウトブレイク制御のための抗ウィルス薬の予防投与が推奨されます。インフルエンザのアウトブレイクとは、72時間の間に少なくとも2人の入所者が発症し、うちひとりが検査でインフルエンザが確定診断された場合をいいます。

 

ナーシングホームなどでインフルエンザのアウトブレイクが確認された場合は健常な入居者もすべて(予防接種の有無に関わらず)予防投与が推奨されます。

 

予防接種を受けていない医療従事者には、予防投与をしてもよいかもしれません。またワクチン接種を受けてから2週間経過していないスタッフも予防投与をしたほうがよいかもしれません。予防接種がうまく適合していないインフルエンザウイルスの株が原因でアウトブレイクが発生した場合は、予防接種の状況にかかわらず、すべての医療従事者に予防投与をすることも考慮します。重要なのは経過をしっかりとモニターしインフルエンザ症状がみられれば、予防投与から抗ウィルス薬治療へと切り替えることです。

 

詳しくは・・・CDC’s Interim Guidance for Influenza Outbreak Management in Long-Term Care Facilities and the IDSA guidelines web site

No. 142 高齢者の食欲不振

高齢者の食欲不振

 

食欲不振に対するアプローチの流れ

  1. 高齢者でのある程度の食欲低下は生理的な反応でもあります。食欲を引き起こす消化管ホルモンの分泌は低下し消化管運動は低下します。高齢者の摂取エネルギーは30代成人の1/3程度であったとの報告もあります。まずは病的な食欲低下なのかどうか判断する必要があります。
  2. 体重変化を確認することがまずは基本です。1年で5%以上の体重減少は死亡率、罹患率の上昇と関連しているとの報告があります(これは体重減少と死亡率の上昇に直接的な因果関係があることを示しているわけではありません。体重減少を生じるような患者さんは、そうでない人と比較して死亡率を上昇させるような病態を持っているということです)。
  3. 急性疾患や慢性疾患の増悪がないかどうか確認します。
  4. 認知症抑うつの評価を行います。どちらも高齢者の食欲不振の代表的な原因です。
  5. その他、食欲不振の原因になりうる疾患の身体所見を系統的にみます:心疾患(頚静脈、心雑音、浮腫)、呼吸器疾患(COPD所見、肺炎)、消化器疾患(肝硬変の所見、便秘を示唆する所見、直腸診)、甲状腺機能低下症(甲状腺腫大・毛髪変化・腱反射弛緩相遅延)、副腎不全(色素沈着)、表在リンパ節腫大、変性疾患を疑うような神経学的所見(パーキンソニズム)など。

 

食欲不振の原因となる薬剤

 

食欲不振に対する非薬物療法

  • 制限食(塩分・タンパク・脂質の制限)は中止
  • 多くの認知症のある高齢者は、朝食に最も多くのカロリーを摂取できるため朝食の量を増やす
  • 1回量を減らして食事回数を増やす
  • 好んで食べていた物をメインに出す
  • 簡単につまめるような軽食(おにぎり、サンドイッチなど)をおいておき、好きな時に摂取してもらう
  • 嚥下機能に問題がなければなるべく常食に近い食形態にする
  • ガス産生の少ない食事にする
  • 口腔内の衛生環境を整える。義歯が合っているか確認。合っていなければ歯科に相談する
  • 経口栄養補助食品を使用する場合は食事と一緒に出すのではなく、食前少なくとも1時間前には摂取する
  • 香辛料を使用するなど、香りを感じやすい食事を試す

 

経管栄養について

加齢にともなう食欲不振による低栄養に対して、栄養状態の改善を目的とした経管栄養や胃瘻を行うことについては賛否両論あります。認知症高齢者に対する経管栄養は死亡率を改善しないという報告もあります。国によっては本人の意図しない栄養投与を虐待ととらえる価値観が大多数を占めるところもあります。それでも患者さんの家族やケアに関わる人は、痩せ衰えて行く患者さんをみると何かしてあげたいという気持ちが沸き起こり、経管栄養を選択することがあります。また回復期リハ病棟の場合、急性期病院で「一時しのぎ」としての経鼻胃管・胃瘻を挿入されて入院し、経口摂取ができるようにならず、そのまま経管栄養を続けることになり、今更止められないということもあります。ひとつの絶対に正しい選択肢がある問題ではありません。個々の症例について皆で考えて意思決定を行う必要があります。

 

参考文献:増刊レジデントノート Vol.20 No.8 COMMON DISEASEを制する!「ちゃんと診る」ためのアプローチ

No. 141 変形性膝関節症

変形性膝関節症

 

変形性関節症の診断基準には明確なものがありません。というのは、症状と画像所見が必ずしも一致しないことがあり、レントゲン上はわずかな変形なのに症状がひどかったり、逆にレントゲンでは重度の変形をみとめるにもかかわらず症状が軽かったりすることがある、画像所見だけで重症度を決められないからです。アメリカリウマチ学会は変形性膝関節症(膝OA)について6つの臨床的診断基準を挙げています。膝OAと診断するには膝の痛みに加えてそれらのうちの3つに該当する必要があります:

  • 50歳以上である
  • 朝のこわばりが30分以内
  • 動かした時に関節の摩擦音がある
  • 骨に圧痛がある
  • 骨の膨隆がある
  • 熱感なし

OAに伴って膝に生じるほかの症状としては、滑膜刺激によって起こる滑液の増加や腫脹、関節内軟骨下骨硬化症、辺縁の骨棘形成があります。また長骨、関節包、靭帯、腱、および筋の末端に増殖性の変性を引き起こします。 これらの二次的な病態は強い疼痛を引き起こし身体機能を低下させます。

 

診断

膝OAの評価は、荷重した状態で関節を動かすことによって行います(例えば、内側コンパートメントを評価するために内反ストレスを膝に加え、外側コンパートメントについては外反ストレスを加えて可動域全体を動かします)。関節摩擦音が内外反ストレスを加えている手のひらに感じられ、さらに痛みが誘発されることもあります。側副靭帯と十字靭帯についても評価します。半月板や関節軟骨が失われてゆくにつれて、関節腔が狭小化して内外反動揺が増加します。屈曲変形(他動的な完全伸展ができなくなる)を伴うこともあるので注意が必要です。脛骨の回旋変形や膝蓋骨の偏移(正中からのずれ)も重要です。立位時のO脚やX脚の有無についても確認します。

病歴聴取や身体診察では以下の情報を収集します:

1.症状の部位

  • 局所か(内側か、外側か、もしくは膝蓋大腿関節か)
  • びまん性か

2.症状のタイプ

  • 腫脹
  • 膝折れ、不安定性(靭帯損傷や大腿四頭筋の筋力低下)
  • 関節可動域制限
  • カニカルな症状(関節の軋轢音、ロッキング、挟み込み、偽ロッキング)

3.発症様式 

  • 急性か
  • 緩徐か

4.期間
5.増悪因子
6.治療歴(例;NSAIDs、理学療法、注射、手術)とその効果

 

レントゲンによる評価

標準的な膝OA患者に対するX線写真による評価は4つの撮影法からなります:AP(前後方向)荷重時撮影、PA(後前)荷重時(30度の膝屈曲位)撮影、側面、ならびに膝蓋骨大腿骨関節を評価するための軸方向撮影です。この撮影法は膝の3つのコンパートメントの重症度と部位を全体的に把握するのに役立ちます。関節症が主に膝の外側にあるいわゆる外反膝の患者では、内反膝に見られる中心部の摩耗とは対照的に、摩耗パターンは主に大腿骨面と脛骨面の後部であるため、APビューでは重症度を過小評価してしまいます。この摩耗パターンを評価するにはPAビューが最適です。さらに外科手術を考慮する場合は、下肢の全体的なアライメントを確認するために股関節や足関節の撮影をして、膝の上下の関節の変形や病変(足関節の内外反や過去の手術歴、足関節や股関節の関節症性変化など)を評価します。

 

治療の選択肢

 

理学療法

徒手療法と運動の両方が膝OA患者に有効であることが示されています。 Deyleらによる研究(2000、2005)では、膝OA患者に対する徒手療法は、疼痛と身体機能の改善に有意な効果を示しました。膝OAの原因の一部は、繰り返される炎症によって生じる癒着による関節周囲の可動性の低下による制限もあるため、徒手療法は、制限された可動性を改善し、これらの組織の動きを増大させることで、痛みやこわばりを減少させることができます。こうして疼痛が減少することで、患者は以下に述べるような治療的運動プログラムに十分に参加することが可能になります。

Currierら(2007)は、膝OAと診断され膝痛のある患者において、短期的な痛みの軽減が可能かどうかの予測ルールを開発しました。症状のある膝OA患者で、次の基準のうちの2つ以上がある場合、股関節のモビライゼーションが有効な可能性が高くなります:

(1)股関節や鼠径部の痛みや感覚異常がある

(2)大腿前面に痛みがある

(3)膝関節の他動的屈曲可動域が122度未満である

(4)股関節の他動的内旋可動域が17度未満である

(5)股関節伸長時痛がある

 

さらに、運動は膝OA患者において有効であることが複数の研究で示されています。有効性が証明されている治療法は以下のとおりです:

  • 大腿四頭筋セッティング
  • スタンディングターミナルニーエクステンション
  • 着座レッグプレス
  • ハーフスクワット(深くない)
  • ステップアップ
  • 柔軟体操とROMエクササイズ
  • ふくらはぎ、ハムストリング、大腿四頭筋のストレッチ
  • 膝の屈伸
  • エアロバイク

系統的レビューと無作為化臨床試験によると、膝OAに対する運動の即時効果として、機能改善と疼痛の減少がありました。しかし、時間の経過とともに効果は低下するようです。 なので継続的な運動または最低限のフォローアップ運動のセッションを行うことが強調されています。

大腿四頭筋の筋力低下は機能障害につながるため、大腿四頭筋の強化は膝OAに対する保存的治療において必須です。四頭筋力がかなり強いと手術が必要となる時期が優位に遅くなります。もし膝蓋骨に痛みがある場合は、最後の20度の伸展範囲でのみ伸展運動を行います。膝蓋骨大腿関節反力を増加させるような、深くしゃがむ、ひざまずく、階段を登るなどの活動は痛みを増加さるので避けます。

Bosomworth(2009)は文献レビューを行い、適度な運動は膝OAを増悪させず、ランニングも特に問題ないことを示しています。激しい競技スポーツは、特に人生の早い時期に開始された場合、OAのリスクを増大する可能性がありますが、スポーツによるOAは典型的には機能障害の増悪をもたらさないとされています。他のOAリスクを増加させるものとしては、肥満、外傷、職業的ストレス、および下肢アライメント異常などがあります。

有酸素運動は心血管系の持久力を高めるだけでなく、体重維持・減量にも役立つので有効です。また有酸素運動は痛みやこわばりを軽減し、バランスを維持改善し、歩行速度と敏捷性を高めることができます。陸上と水中の両方のプログラムが膝OA患者に有効であることが示されています。Hinmanら(2007)の研究によると、水中理学療法に参加した患者は、参加しなかった患者よりも痛みや関節のこわばりが少なく、身体機能、生活の質、および股関節筋力が強くなりました。著者は陸上での理学療法よりも優れた点をいくつか挙げています:浮力によって痛みを引き起こす関節間の負荷を減らすため陸上では困難なクローズドチェーンの運動が可能になる、水流が運動の抵抗になる、荷重量を水深を変えることによって増減させることができる、水の暖かさと圧力が痛みを軽減し、腫れを減少し、動きやすくしてくれる。

Linら(2009)は、膝OAを持つ100人以上の患者における非荷重の固有感覚トレーニングと筋力トレーニングを比較して、両方とも有意に機能を改善することを示しました。痛みやその他の理由で体重のかかる運動をすることができない人にとっては、体重のかからない運動が選択肢になるかもしれません。

 

膝装具

応力を生じさせる装具を使用して、内側または外側の関節面を「免荷」できます。一般的にはこれらの装具は、カスタムメイドでそれぞれの患者へ適合させ、症状に応じて数度の内外反矯正の調整が可能です。装具は、適切な応力を膝に加えることによって、関節軟骨の喪失によってずれたの膝の位置を修正し、機械的体重負荷軸を、磨耗していない健常な面に移動させることができます。生体力学的研究によると、痛み、関節の位置覚、筋力、および機能が、装具によって変化するかもしれないとされています。最近では、Ramseyら(2007)が、正中アライメントの装具が、内側の関節症用の外反アライメントの装具と同等かそれ以上に有効であることを示しました。彼らは、症状の軽減と機能の改善は、内側コンパートメントの免荷によるものではなく、筋肉の共収縮の減少の結果であるかもしれないと述べています。

 

インソール

Keatingら(1993)は、膝の内側型OAを持つ85人の患者のうち、75%以上の人が、外側ウェッジのインソールを使用している間の12か月の追跡調査で、膝痛の有意な改善をみとめたことを報告しました。踵骨を外反位にすることによって、運動学的連鎖の上方である膝関節で内側の免荷が起こります。SasakiとYasudaの2つの論文はどちらも、外側ウェッジインソールを使用したことで関節の内側表面負荷の減少を示しました。外側ウェッジインソールは費用対効果が良いことが最大の利点です。

私が以前大学院時代に三次元動作解析装置を用いて内側型膝OA患者に対する外側ウェッジインソールの効果をみた研究でも、立ち上がり動作時の膝関節伸展に伴う脛骨の大腿骨に対する回旋運動が健常者の運動様式に近くなる効果を認めました。

 

減量

減量は他の治療法と併用することが重要です。そのメカニズムはまだはっきりとはわかっていませんが、経験的には、太り過ぎや肥満の人は膝OAを発症するリスクが高いように思われます。体重を減らすことは、体重を支える関節への負荷を減らすこと、および全体的な身体機能を改善することになります。最近の太り過ぎの患者の5159膝の研究において、肥満は偶発的な膝OAの危険因子ではあるかもしれませんが、肥満と膝OAの間には全体としては有意な関連は認めませんでした(Niuら2009)。Niuら(2009)は肥満は内反アライメントを有する膝のOA進行とは関連していませんが、正中または外反アラインメントを伴う膝のOA進行の危険性を増加させることを発見しました。したがって、どの位置のOAなのかという情報は、減量の有効性を予測するために有用です。減量だけでは、内側膝コンパートメントへのストレスを増大させる内反アライメントのある患者では効果的ではないかもしれません。

 

内服薬

アセトアミノフェンは膝OAの治療に有用です。アセトアミノフェンは抗炎症作用と中枢神経におけるCOX-1およびCOX-2の阻害作用を有します。疼痛軽減においてプラセボよりも有意に優れていることが示されています。アセトアミノフェンは経口鎮痛薬の中で最も安全ですが、わずかな肝毒性のリスクはあります。とはいっても4g/日以下の投与量ではまれです。

経口NSAIDsは、COX-2阻害を介して炎症および侵害受容器の痛みを軽減します。胃や心血管系の合併症の危険性があるため、可能な限り最少の用量で、そしてできるだけ短期間の使用にすべきです。

 

外用薬

内服薬の副作用を避けるために、外用鎮痛薬を対象の関節に用いることが推奨されています。膝OAに使用されてきた外用薬には、サリチル酸塩、カプサイシン、およびNSAID製剤があります。サリチル酸塩はOA患者の疼痛緩和に有効性は示されていません。カプサイシンは、神経終末を刺激して侵害受容器の疼痛伝達物質を枯渇させることによって鎮痛効果をもたらします。唐辛子に由来するカプサイシンの主な副作用として最初の数日間灼熱感を感じることがあります。OAによる痛みに対するカプサイシンの効果を検証した研究結果は、有効とするものもあれば、無効とするものもありはっきりしていません。NSAID外用薬であるジクロフェナクナトリウムゲルは、いくつかの研究では2~3ヶ月間は痛みの軽減に有効であると報告されています。外用薬の有効性については、はっきりしていないところもありますが、全身への作用が少ないことから、経口NSAIDsが禁忌である高齢者や消化管疾患のリスクが高い患者にとって魅力的な選択肢です。

 

関節内ステロイド注射

関節内ステロイド注射の主な作用は抗炎症作用です。この治療は一般的に中等度から重度の痛みに対して、経口NSAIDなど他の方法が無効だった場合に推奨されます。膝OAに対するステロイド注射のコクランレビューによると、短期間の使用では有効であり副作用は限られたものでした。しかし、さまざまな副作用の危険性があるため、ステロイド注射は1年に4回以上は行うべきではありません。

 

粘性補充療法

粘液補充療法は、手技が簡便で、ヒアルロン酸成分を膝関節内に補給することで症状を軽減する、というわかりやすさのため膝OAに対して広く使用されている対症治療です。複数の研究により、この治療法は臨床的に安全であることが実証されており、OA患者の短期間の症状軽減に有効であり、人工膝関節全置換術が必要になるのを遅らせる可能性があるとされています。しかし、これらの効果は強力なプラセボ効果の結果であるかもしれません。ヒアルロン酸補充が関節内の潤滑特性を部分的に回復させたとしても、重度の損傷を受けた関節軟骨を有する人々にとって有効な治療法にはなりません。一般的には粘性補給療法は軽度から中等度の関節炎に用いられます。

 

2013年にアメリカ整形外科学会(AAOS)は、AAOS臨床診療ガイドラインを要約した「変形性膝関節症の治療第2版」を発表しました。最新のエビデンスに基づいた推奨される膝OAの非手術的管理が記載されています。これはウェブサイトでみることができます:www.aaos.org/guidelines

 

参考文献

Charles E. Giangarra, Robert C. Manske, S. Brent Brotzman : Clinical Orthopaedic Rehabilitation: A Team Approach, Fourth Edition, ELSEVIER, 2018.

変形性膝関節症患者における立ち上がり動作時の外側楔状板の力学的効果, 理学療法学Supplement 2001.28.2(0), 262, 2001

No. 140 脳梗塞のEarly CT signについて

脳梗塞のEarly CT signについて

 

脳梗塞は再発することがあります。発症1年目で5-10%の人が再発するとされており、回復期リハ病棟入院中にも再発する可能性があります。脳梗塞は早期発見が重要です。というのは、近年脳梗塞の治療に劇的な変化が起こっているからです。以前から血栓溶解療法という治療方法が発症後4.5時間以内であれば可能な場合があるため、早期に専門病院へ受診することが重要でした。最近この血栓溶解療法が以前よりも様々な種類の脳梗塞に有効であることがわかり適応となる患者さんが増えました。さらに、血栓回収療法という、カテーテルで直接血栓を回収する治療が発展し、予後が劇的に変わる可能性が出てきたのです。なので脳梗塞で入院中の患者さんについても新規の脳梗塞が疑われる場合は、早急に専門病院への搬送する必要があります。

 

脳梗塞かどうかの判断は神経学的症状やバイタルサイン、意識レベルや血圧の変化(頭蓋内病変では高血圧になる!)から疑い、頭部CTを撮影し出血性病変の有無を確認します。MRIがあれば拡散強調画像で新規の脳梗塞がよくわかりますが、回復期リハ病棟にはMRIがない場合がほとんどです。仮にあったとしてもMRI撮影には時間がかかるため、むしろここで貴重な時間を浪費するよりは早く専門病院へ搬送する方が良いかもしれません。そこで判断の助けとなる所見として、頭部単純CTでみられる Early CT sign というものがあります。これは急性期の脳梗塞の場合にみられることのある単純CTの所見で、以下のものがあります:

 

hyperdense MCA sign:発症直後より出現する中大脳動脈内の血栓を反映した高吸収像。血栓部より末梢の血管も高吸収になります

レンズ核の輪郭不明瞭化:発症後1~2時間で出現。レンズ核は穿通枝灌流領域で虚血に対して脆弱なため,より早期から輪郭が不明瞭になります

皮質-白質境界・島皮質の不明瞭化:発症後2~3時間で出現。皮質の吸収値が低下して白質との境界が不明瞭になります。島皮質は外包・前障・最外包の部位に相当し他部位より頭蓋骨のアーチファクトが少ないため観察が容易です

脳溝の消失・脳実質の低信号化:発症後3時間以降に出現することが多く、浮腫性変化を反映した所見です 

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図1:hyperdense MCA sign

図2:レンズ核の輪郭不明瞭化や島皮質の不明瞭化

 

参考文献

西伊豆早朝カンファレンス 脳梗塞(総説) http://www.nishiizu.gr.jp/intro/conference/2019/conference_2019_01.pdf

レジデントノート 2010年12月号

No. 139 鎖骨骨折のリハビリテーション

鎖骨骨折のリハビリテーション

 

鎖骨骨折は全骨折の10~15%を占める比較的多い骨折ですが、回復期リハ病棟入院適応疾患ではないため、鎖骨骨折のみで回復期病棟へ入院してくることはありません。多くは他の骨折や外傷を伴う多発外傷のなかのひとつとして治療にあたることになります。

 

多くの場合、鎖骨骨折は保存療法、つまり手術せずに三角巾やクラビクルバンドなどの外固定を行い治療されます。手術が必要となるのは、転位や第3骨片が大きい場合や、骨片の皮膚への刺激や角状突出が著しい場合や、血管や神経の損傷を伴う場合、外見上の変形を本人が許容できない場合などです。ここで重要なのは、手術をしないで骨折部が癒合せず偽関節になったとしても、鎖骨の偽関節は無症状であることが多いということです。つまり折れた骨と骨をくっつけることが治療の目的ではないということです。このあたりの機能的なゴールが治療のゴールになるという考え方自体はとてもリハ的で、リハ関係者にはなじみのある考え方です。

 

鎖骨骨折で骨がつかずに偽関節になっても、困らない程度に上肢を挙上できることは珍しくありません。転位が大きい(主骨片同士の接触がない)場合に、保存療法で偽関節となる割合は10%程度と考えられています。そして偽関節となった時に追加手術が必要なものは半分程度とされているので、結局、転位のある骨折に保存療法を行った場合に後で困る割合は5%程度となります。

 

一方で、最初から手術を行った場合は、手術をすると少ないながら感染のリスクがあり、さらに手術をしても偽関節となる場合もあります。それらのリスクが3%程度と見積もると、結局、手術と保存療法の合併症リスクには大した差がありません。

 

一般に鎖骨骨折を三角巾などの外固定で治療した場合、受傷後2週でかなり痛みが軽快し、受傷後3週で水平以上の挙上が可能になります。一方、手術治療を行うと術後数日で患肢を使えるようになりますので、受傷後早期に手術を行えば、2週間程度早く痛みが取れるという利点があることになります。

 

保存療法の場合のリハビリテーションでは、レントゲンでまだ骨がついていないからといって患肢の使用を制限すると、肩関節の拘縮が起きて機能が悪くなることが多いので「万が一癒合しなくても困らないのだから、癒合しないことを恐れて肩を動かさずにいると肩拘縮が起きてそのほうがよっぽど困る」という姿勢でのぞむことが望ましいです。

 

そして回復期リハ病棟での鎖骨骨折の場合は、前述のように多発外傷の一部の場合がほとんどであり、他の外傷の治療への影響も考慮してリハのプロトコルを作成する必要があります。

 

 

参考

今日の臨床サポート:鎖骨骨折

上原大志・筒井廣明:特集 知っておきたい骨折の治療手技 II.各論 鎖骨骨折・肩関節脱臼, 関節外科Vol.31 No.10, 2012.,1116-1124.

No. 138 運動療法

No. 138 運動療法

筋線維の特徴

タイプI線維は「遅筋」とも呼ばれ非常に疲労しにくい濃い色をした線維(いわゆる「赤身の肉」であり、この色は血管が豊富であることによります)であり、PAS染色ではミオシンATPアーゼが明るく染まります。タイプII線維は「白身の肉」ですが、組織学的にはPAS染色をすると暗く染まります。

ひとつの運動単位は同じタイプの筋線維で構成されています。ヘネマンのサイズの原理に従って、より小さい運動単位がよりはやく活動し、収縮強度が増すにつれて、次第に大きな運動単位が順次動員されます。筋電図は主にタイプI線維の活動を記録します。機能的電気刺激(FES)はタイプII線維を優先的に動員しますが、長期間使用していると、タイプII線維がタイプI線維へと変換するかもしれません。ステロイドはタイプII線維の萎縮を引き起こします。どちらのタイプの線維も加齢によって減少します。

 

筋力増強トレーニン

等尺性運動 – 関節の目に見える動きや、はっきりとした筋長の変化を伴わないで張力を発揮する運動方法です(例:壁を押す)。この運動は筋長を変えずに活動させたい場合に有効で、関節運動が禁忌の場合(例:靭帯再建術後)や、疼痛や炎症がある場合(例:関節リウマチ)に用いられます。怪我をする危険は最も少ないです。等尺性運動は血圧を上げる傾向があるため、高齢者や高血圧患者では避けた方が無難です。

等張性運動 – 持続的な外的負荷があり、運動速度は一定でない運動です。例えばフリーウェイトや、ウェイトマシン、体操(例:懸垂や腕立て伏せ、スクワット)、そしてセラバンド体操などです。これらの装置は簡単に利用できますが、怪我の危険性があります。

等運動性運動 – 角速度が一定で、外的負荷が変動する運動です。この運動は自然な運動としては存在しません。特殊な装置、例えばCybexやBiodexが必要です。使用者が強く押したら装置のアーム部分の動く速度は変わらずに抵抗が強くなります。これによって運動中の筋の長さ-張力曲線に沿った最大限の抵抗を加えた運動が可能になります。怪我のリスクは比較的少ないです。

求心性収縮 VS 遠心性収縮 – 求心性収縮は筋の動的な短縮が生じます。速い求心性収縮で生じる力は小さいです。遠心性収縮では、筋の動的な伸長が起こり、少ないエネルギーで強い力を生じます。筋収縮は、速い遠心性収縮で最も強く、次に等尺性、ゆっくり行う求心性、最も弱いのが速い求心性収縮です。

漸増抵抗運動 – DeLormeの原理では高負荷低頻度の運動が筋力増強に適しているとされていますが、低負荷高頻度の運動でも筋力はつきます。DeLorme法では、最初に10回反復できる最大筋力(10RM)が決定されます。10回の反復運動を10RMの50%、75%、そして100%の3セット実行します。セッションは週に3~5回行われ、10RMを毎週再決定します。オックスフォードの手法では、セットの順序が逆になり、最初に10RMの100%で10回行い、続いて75%と50%のセットを行います。DeLateurは後に、筋肉が疲労するように運動されている限り、筋力と持久力の向上は、この2種類の運動で同程度であることを証明しました。しかし高負荷・低頻度の運動の方が、より効率的でした(すなわちより少ない回数、より少ない時間で達成できていました)。Moritaniとde Vriesは、筋力トレーニングの最初の数週間での筋力増加は主に神経因子(例えば、活動する筋の運動単位の改善)によるものであり、筋肥大によるものではないことを実証しました。Daily Adjusted Progressive Resistance Exercise(DAPRE)法では、筋肉グループごとに4セットの運動が行われます。最初のセットは6RMの50%で10回、2セット目は6RMの75%で6回です。3セット目は6RMでできるだけ多く繰り返します。4セット目は、3セット目に遂行できた回数に基づいて負荷量を決めます。つまり6RMの5~7回遂行出来た場合は負荷は変わりません。それより少ない回数の場合は、負荷を下げ、多い場合は負荷を増やします。次のトレーニングセッションのための負荷量(6RM)の調整も必要に応じて行われます。

 

有酸素運動

定期的な有酸素運動は最大酸素摂取量(VO2max)を増加させ、安静時の血圧を低下させますが、筋力トレーニングはこれらのどちらにも影響を与えません。その他の有酸素運動による長期的な心血管系への良い影響には以下のものがあります;運動時の一回拍出量の増加、最大運動時の心拍出量の増加、運動耐用能の増加、HDLコレステロールの増加、安静時心拍数の減少、最大下の負荷に対する心拍数上昇の減少、安静時および最大下の活動時の心筋酸素消費量の減少、LDLコレステロールの減少、中性脂肪の減少です。最大心拍数は変わりません。歴史的には、有酸素運動は骨格筋量にはごくわずかな影響しか及ぼさないと考えられていましたが、最近では有酸素運動が筋量の喪失を緩和し、さらに肥大/同化作用すらあることが報告されています。糖尿病患者においては、肥満の改善とインスリン要求量の減少が認められます。また、気分、睡眠、免疫機能、および骨密度の改善もみられるかもしれません。

 

アメリカスポーツ医学会(ACSM)のガイドライン

150分/週の中強度の運動が推奨されており、そのために1日30分、週に5日運動する必要があります。 もしくは75分/週の激しい運動でも良く、そのためには少なくとも1日20分、週に3日の運動を実施します。さらに2~3日/週の筋トレと、2日/週の関節可動域運動も推奨されています。

 

運動処方

運動前評価 – 医師による評価は包括的に行う必要があり以下の重要な要素を含みます;現在と過去の運動習慣、運動への動機と障壁、運動のリスクと利益についての説明、好ましい活動の種類、社会的支援、時間とスケジュールの考慮。さらに以下の項目については特に注意が必要です;身体的な制限、現在および過去の医学的問題、使用中の薬、運動による症状の既往(息切れ、喘息、じんましん、および胸痛)、心疾患の危険因子(糖尿病や高血圧、喫煙、脂質異常症、座りがちな生活、肥満、50歳以下の心疾患の家族歴など)。運動負荷試験や他の精密検査を必要とする人をアメリカ心臓協会(AHA)とACSMのガイドラインに従って識別する必要があります。

運動処方の構成要素 – 以下の5つの要素は、年齢や運動能力に関わらず全ての運動処方に適用されます。加えて健康状態、使用している薬、危険因子、行動特性、個人目標、運動の好みなどについて慎重に検討する必要があります。

運動の種類や形式・・・運動の種類は、望まれる結果が得られるように、楽しくて長期間持続できることをベースに選択します。

運動の強度・・・運動強度は心拍数と自覚的疲労度によって計算されます。最も一般的な評価尺度はボルグスケールで、6点(まったく疲れていない)から20点(最大限に疲れた状態)の点数で評価します。9点は「かなり楽である」運動で、これは健常成人がゆっくり歩く程度の運動に相当します。13点は「ややきつい」運動で、中等度の運動強度にあたり、そのまま運動を継続することは問題ない状態です。17点は「かなりきつい」運動で、健常成人ならば続けることはできますが、かなりがんばらないといけない状態です。ボルグスケールの目標値は、運動プログラムに基づいて設定します。例えば、中等度の運動強度の場合は目標値は12点から14点に設定します。

運動の期間(時間)・・・これは1回の運動セッションの長さのことで、連続して行う場合や1日何回かに分けて断続的に行う場合もあります。運動の頻度・・・これは1日あたり、1週間あたりの運動セッションの回数のことです。

運動の強化・・・時間経過とともに、頻度や強度、持続時間などを変更しその時の状態に適応した活動に変更することです。

 

参考文献