No. 144 ボトックスについて

ボトックスについて

 

脳卒中後の片麻痺では、筋の緊張が亢進する「痙縮」とよばれる症状を起こすことがあります。上肢では関節を屈曲する筋の痙縮が強くなり腕が曲がったままになり、使えない、痛みがある、という状況になりやすく、下肢では関節が伸びる方向の筋の痙縮が現れやすく、つま先があがらず、足が内側へ入ってしまう、という状況がみられます。そのような痙縮の治療法のひとつとして「ボトックス」というものがあります。

 

ボトックスは、ボツリヌス菌が産生するボツリヌストキシンA(BTX-A)という毒素を用いた製剤です。この毒素の筋を麻痺させる作用を治療に利用します。BTX-Aはシナプス前のアセチルコリンを阻害することで、不可逆的に神経筋接合部の伝達を遮断します。BTX-Aは眼瞼痙攣、斜視、頸部ジストニア、脊損や多発性硬化症による過活動膀胱、しわとり、慢性片頭痛、重度の腋窩多汗症、上肢痙縮、下肢痙縮に用いられます。効果が見られるのは投与後24~72時間後で、効果のピークは2~6週後です。臨床効果は通常3~4週間持続しますが、次第に軸索の発芽によって神経筋接合部の伝達が再生し痙縮が元に戻ります。

 

BTX-Aの理論上の(体重75kg)における50%致死量(投与した人のうち半分が死亡する量)は3000単位で、推奨される最大量は1回に10単位/kg(400単位まで)です。くりかえし投与しているとBTX-Aに対する抗体がつくられるようになって効果が減弱してしまいます。抗体が形成される可能性を減らすために、施注の間隔は少なくとも3ヶ月は開けることが推奨されます。

 

BTX-Aは以下の状況では禁忌です:

妊娠中、授乳中、神経筋接合部の疾患、社会心理学的に不安定、局所の皮膚や筋の感染症、副作用の既往あり、アミノグリコシド使用中、ヒトアルブミン製剤のアレルギーがある

そして相対的な禁忌としては、施注する関節が固縮している場合があります。この場合BTX-Aを施注して痙縮が改善しても関節可動域や機能の改善に繋がらないためです。

 

BTX-Aは-5~-20°Cで保存し、防腐剤の入っていない0.9%生理食塩水のみで溶解します。溶解後は2~8°Cの冷蔵保存なら4時間は利用可能です。

 

痙縮の治療に用いられるほかの方法としてフェノールを局所注射する方法がありますが、BTX-Aがフェノールより優れているのは、注入部で迅速に(3~4cm)拡散する、注射手技が簡易である、感覚麻痺を起こさない(神経筋接合部に選択的に作用するため)という点で、欠点としては薬剤が高価であるということです。

 

もしも回復期リハ病棟でBTX-Aを投与すると、保険請求はできないためその薬剤費はすべて病院の持ち出しになってしまいます。100単位製剤の場合9万2249円で、下肢の痙縮であれば1回に300単位まで投与可能ですので、合計27万6747円します。現実的には回復期病棟入院中の施行は困難です。急性期病院や地域包括ケア病棟、療養病棟、もちろん外来では保険請求可能です。世の中にはBTX-Aが必要そうな患者さんに対して、回復期病棟入院前の急性期の病院で施注してから転院してもらう仕組みを作ろうとしている回復期の病院があるというウワサを耳にしました。実現できれば面白い試みだと思います。だた急性期は弛緩性麻痺で、痙縮は後になって問題になってくることが多いので対象となる患者さんは少なそうです。やはり外来での施行が現時点では現実的なのかもしれません。

 

参考:

Matthew Shatter, Howard Choi : PHYSICAL MEDICINE AND REHABILITATION POCKETPEDIA 3rd ed