ミニレクチャー No. 83 高次脳機能障害 その4:記憶障害とは?

高次脳機能障害 その4:記憶障害とは?

 

記憶障害は高次脳機能障害の中でも比較的メジャーな存在で、小説や映画の題材にもなっています。記憶障害を細かく分類すると、逆向健忘(脳の障害より過去のことを思い出せない)、外傷後健忘(脳の障害後の記憶を思い出せない)、前向健忘(新しいことを記憶できない)と分けられます。この中でも特に日常生活で問題になるのが前向健忘です。

 

新しいことを覚えられないと、ご想像の通り日常生活で色々と困ることが出てきます。そして記憶できない状態では、自分が今ここに何のために居るのかわからなくなり不安と混乱を引き起こし、特に高齢者では、情緒不安定となり徘徊や夜間せん妄に繋がります。

 

対策としては、年表や写真、ホワイトボード、手帳を利用して自身の経過をその都度、何度でも確認できる環境を作り安心感を与えることが有効です。記憶障害があっても、学習効果はあるとされています。しかし、様々な情報や代償方法の習得のために、試行錯誤をして学習していると、誤りを排除できずに逆に誤りが強化されます。そして一度誤ったことが記憶されると中々修正ができません。ですので、記憶障害の患者さんに対する再学習、リハビリテーションは、不用意な試行錯誤をして誤りを記憶させないように「誤りなし学習」であることが基本です。

 

例えば、「日付を正しく答えられるようにする」という学習を行う場合、いきなり「今日は何日ですか?」と質問する方法は、記憶障害のある患者さんにとっては混乱を引き起こし間違った経験をさせてしまう誤った方法です。この場合の「誤りなし学習」は、あらかじめ見やすいカレンダーを用意しておいて「今日は何日だったか、カレンダーを見てください。◯日でしたね。では言ってみてください。」という質問の仕方から始め、カレンダーを参照するようになったら、「今日は何日でしたか?わからなければカレンダーを見るのでしたね」と質問します。カレンダーをみることが習慣化してはじめて「今日は何日ですか?」という質問をします。このように段階的に難易度を設定して、誤りのない学習を行います。この方法の利点は、患者さんに関わるすべての人が行うことができることです。統一した方法で1日に何度も同じ形式で尋ねることで、繰り返し学習をすることができます。むしろすべきです。

 

記憶障害の評価方法としては、日常記憶の評価方法としてリバーミード行動記憶検査(RBMT)が有効です。この検査は日常生活に似た状況での記憶を評価する方法です。評価項目には以下のものが含まれます。姓名の記憶、物の隠し場所の記憶、約束の記憶、絵の記憶、物語の記憶、顔写真の記憶、道順の記憶、用件の記憶、そして見当識です。検査自体は30分程度で可能です。24点満点で、7点以上ならば病棟内の自室やトイレ、リハ室への道順を間違えずに記憶できますが、9点以下では多くの日常生活の行動に指示や監視が必要です。15点前後ならば一人での通院が可能なレベルで、17点以上なら計画的な買い物も可能です。

 

参考

原 寛美:高次脳機能ポケットマニュアル 第3版, 医歯薬出版株式会社, 2015.

ミニレクチャー No. 82 水頭症に対するシャント造設術

水頭症に対するシャント造設術

 

脳は密閉された空間の中で脳脊髄液という液体に浮かんだ状態で存在しています。この脳脊髄液は、日々作られ、同じ量が排泄されることで一定に保たれています。この正常な脳脊髄液の循環が何らかの理由で滞ると、脳が圧迫され「水頭症」を引き起こします。くも膜下出血の後にも水頭症が起こることがあります。 

 

水頭症の症状は、歩行障害、認知症、失禁の3つが特徴です。また頭部CTをとると脳室が拡大しています。、Evans比(両側側脳室前角間最大幅/その部位における頭蓋内内腔幅)が0.3以上を拡大ありと判断します。

 

原因はくも膜下出血の他にも髄膜炎や頭部外傷 のように、何らかの頭蓋内の病気の後に起こるもの(二次性または続発性といいます)と、特定の原因が不明なもの(特発性といいます)があります。

 

治療はシャント造設術という手術が行われます。頭蓋内に溜まって排泄できなくなった脳脊髄液を頭蓋内から外へ流して脳への圧迫をなくす治療です。大きく分けて2種類の方法があります。ひとつは「脳室-腹腔シャント」といって、側脳室と、腹腔内をシャントチューブでつなぎます。もうひとつは、「腰椎-腹腔シャント」といって、腰部の硬膜下腔と腹腔内をシャントチューブでつなぎます。シャントが上手く機能すると水頭症の症状は劇的に改善する場合があります。術後も脳脊髄液を排泄する量を調整する必要があることが多いため、最近は、手術後に専用の装置で設定を変更して排泄量を調整することができる「圧可変バルブ」という装置が用いられます。

 

髄液の排出が少なければ水頭症の症状が出現します。逆に、髄液を排出しすぎると頭痛がしたり、硬膜下血腫を起こしたりシャントチューブの閉塞が起こることがあります。最近のシャントバルブには重力による髄液排出量への影響を軽減するための仕組み(アンチサイフォンバルブといいます)が備わっていますが、急性期病院では臥床して過ごす時間が多いですが、回復期リハ病棟へ移ると、座位・立位で活動する時間が増えるため、たとえアンチサイフォンバルブであっても重力の影響で、髄液の排出が増えることがあります。なので回復期リハ病棟に入院中にもシャントがきちんと機能しているかチェックしつつリハを行う必要があります。回復期リハ病棟入院中の水頭症患者の3割でシャント圧調整が必要になったという報告があります。

ミニレクチャー No. 81 脊髄損傷 その3:ケアのポイント

脊髄損傷 その3:ケアのポイント

 

脊髄損傷では運動麻痺が一番目に見える症状ですが、その他にも様々な症状が出現します。脊髄損傷の患者さんで起こりうる、運動麻痺以外の症状とその対応方法についてまとめます。

 

1. 循環器障害

延髄から脊髄にある血管運動路の遮断によって、徐脈、血圧低下、循環血液量の減少、静脈還流障害、全身浮腫、肺水腫

静脈のうっ滞などが起こり、体動制限されることも加わって血栓ができやすくなります。

Pointバイタルサインチェック、起立性低血圧対策、血栓症予防

2. 呼吸障害

4頚髄より高位の完全損傷では、横隔神経が遮断されるため呼吸機能が消失します。なので人工呼吸器が必須となります。第4頚髄以下の頸髄損傷では、横隔膜は動きますが、肋間神経が遮断されるため、胸郭の動きが無くなり強い呼吸ができなくなります。それによって気道内分泌物の増加や喀痰の貯留、無気肺、肺炎を引き起こしやすくなります。

Point口腔ケア、体位ドレナージ、吸引、早期離床

3. 消化器障害

麻痺性イレウスは必発です。胃・小腸・上行結腸の腸蠕動は亢進する傾向にあり、一方で横行結腸・下行結腸・S状結腸・直腸は低下します。そして便秘や急性胃拡張、消化性潰瘍、膵炎などを引き起こします。

Point体位変換、早期離床、摘便、ガス抜き、食事形態の工夫、下剤の調整

4. 排尿障害

排尿中枢との伝導路が遮断されるので尿閉になります。間欠導尿法や持続導尿法が重要です。詳しくはミニレクチャーNo.78を参照してください。

5. 褥瘡

体動制限がある上に、知覚障害、発汗・失禁による皮膚の汚染・湿潤・体位変換時の摩擦などで褥瘡発生のリスクは非常に高いです。

Point好発部位の観察、体位変換、除圧、適切なマットの選択、スキンケア、低栄養の予防

6. 関節拘縮

すぐに起こるものではないですが、予防のために早期からの介入が重要です。

Point日々のケアのなかに他動運動を盛り込む

7. その他

体温調節機能が損なわれることで、異常な高体温または低体温になることがあります。また麻痺した体に異常な痛みを感じることもあります。

Point室温・風通しなど環境温度に配慮

ミニレクチャー No. 80 高齢者の高血圧

高齢者の高血圧

 

年をとるとともに血圧は高くなります。また、血圧の変動もしやすくなり、起立性低血圧や食後低血圧などが起こりやすくなります。ただ単に高いから降圧薬で下げることだけを考えていると、ふらつき、転倒・骨折を起こしてしまい、結果として治療しない場合よりも全体としてよくない結果になることがあります。

*起立性低血圧とは、起立時に収縮期血圧が20mmHg以上かつ/または拡張期血圧10mmHg以上の低下を起こす状態です。食後血圧低下は、食後1~2時間以内に血圧が低下する病態です。 

高血圧の治療は、生活習慣の改善が第一です。回復期リハ病棟での生活は、定期的な運動をして、健康的な食事が提供され、間食もないという、血圧治療においては理想的な生活です。なのでむしろ今まで飲んでいた降圧薬では血圧が低下しすぎるために薬を減らしたり、終了したりする必要があることが多々あります。

また降圧薬にも何種類かありますが、それぞれ推奨される状況(表1参照)や、副作用が異なるため注意が必要です。利尿薬では電解質異常や脱水、カルシウムブロッカーでは下腿浮腫や頻尿、α遮断薬では起立性低血圧が比較的多くみらます。β遮断薬はふらつきや眠気、意欲の低下などを起こすことがあります。

ガイドラインでは、高血圧患者の降圧目標は、65~74歳では140/90 mmHg未満、75歳以上では150/90 mmHg未満とされています。ただし心筋梗塞やタンパク尿陽性の慢性腎臓病、抗血栓薬服用中、ラクナ梗塞・脳出血くも膜下出血の既往、糖尿病のある人では、130/80 mmHg未満を目指すことが推奨されています。

しかし、これらの推奨を決めるための研究では、健康状態の比較的良い高齢者が対象とされているため、入院中の患者さんや、6m歩けない人、介護施設入所者、認知症患者、終末期にある患者さんでは、厳密にこの推奨に従うことが本当に有益であるかどうかはわかっていません。むしろ、この基準で血圧が正常の人の方が、高血圧の人よりも予後が悪かったという報告もあるくらいです。なので最終的には、その人の状況に応じて個別に対応する必要があります。

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参考

山本浩一 楽木宏美:高血圧診療スダンダードUp to Date, 総合診療Vol.28 No.8, 1048-1052.

ミニレクチャー No. 79 高次脳機能障 その3:注意障害とは?

高次脳機能障 その3:注意障害とは?

 

高次脳機能障害のなかでよくみられる症状として「注意障害」があります。普段「注意力」といえば、目の前のことに集中したり、または大切なことを見逃さず、聞き逃さずに情報を収集したりする能力の事をさして言うと思いますが、「注意障害」でいう注意も概ね同じものと捉えてOKです。

注意力は、すべての認知機能の基盤になっています。注意障害が重度な場合は、ほかの高次脳機能にも影響を与えます。また、注意は視覚や聴覚そのものの問題ではありません。外部から入ってきた刺激・情報のうち、どれを選択して、その他はノイズとして無視するのかという、刺激に対する重み付けを行う前頭葉の機能が障害されることで注意障害が起こります。

注意には細かく分けると「選択」「持続」「分配」「転換」に分けられます。注意の分配とは、複数の事柄に気を配ることで、注意の転換とは、集中する対象を次から次へと意識的に切り替えることです。これらの複雑な注意力は、比較的多くの患者さんで障害されていますが、病棟での日常生活の中では気づかない場合もあり、専用の検査をして初めて明らかになることがあります。

以下は注意障害を日常生活の観察のなかで把握するための評価スケールの項目です。それぞれに「全く認めない=0点、時として認められる=1点、時々認められる=2点、ほとんどいつも認められる=3点、絶えず認められる=4点」で採点します。点数をつけるかどうかは別にして、どのようなことに「注意」して観察すればよいかが分かるのではないでしょうか:

  1. 眠そうで、活力に欠けて見える
  2. すぐに疲れる
  3. 動作がのろい
  4. 言葉での反応が鈍い
  5. 頭脳的ないしは心理的な作業(たとえば計算など)が遅い
  6. 言われないと何事も続けられない
  7. 長時間(約15秒以上)宙をじっと見つめている
  8. ひとつのことに注意を集中するのが困難である
  9. すぐに注意散漫になる
  10. 一度に2つ以上のことに注意を向けることができない
  11. 注意をうまく向けられないために、間違いをおかす
  12. なにかする際に細かいことが抜けてしまう(誤る)
  13. 落ち着きがない
  14. 一つのことに長く(5分以上)集中して取り組めない

他には、Trail Making Testという検査や、標準注意検査 Clinical Assessment for Attention: CATという検査なども行われます。

参考

先崎 章:高次脳機能障害 精神医学・心理学的対応ポケットマニュアル, 医歯薬出版株式会社, 2014.

ミニレクチャー No. 78 脊髄損傷 その2:排尿管理

脊髄損傷 その2:排尿管理

 

脊髄損傷によって膀胱と尿道括約筋が麻痺すると、尿意・排尿感がなくなり、頻尿、尿失禁あるいは尿閉となります。尿が出ないために行われる安易なカテーテル留置がもとで治らない膀胱炎を起こし、難治性尿路感染症になり、ついには腎臓の働きを奪って腎不全にしてしまいます。

医療者が自戒しなければならないことは、不必要な「留置カテーテル法」を治療と考えないことです。この考えは特に脊髄損傷直後と回復期に重要です。回復しきって、もうそれ以上変化が望めない、障害として不自由さが残って他に方法がない人には留置カテーテルも選択肢のひとつになります。

尿の出が悪いと、感染症や膀胱内の圧力が高くなり膀胱の変形が起こります。次に膀胱から尿管へと尿が逆流し、水腎症が起こります。そんなことを繰り返しているうちに腎臓機能障害がおこり、最終的に腎不全になります。脊髄損傷の排尿管理のねらいはこのような合併症を起こさせないことにあります。

排尿ができない場合の排尿管理には以下方法があります:

(1)間欠導尿:肛門括約筋が麻痺していれば、神経因性膀胱ですから導尿が必要になります。導尿量が400mlを越えないように4-5回導尿します。尿意があてになれば尿意時に導尿し、尿意がなければ時間を決めて行います。脊髄ショックがさめて排尿筋反射が始まるのは受傷後平均8-9週です。会陰に知覚がある人や尿意がある人の膀胱回復は早くなります。間欠導尿の合間に尿失禁が始まり、導尿量がいつも300ml以下なら回復期に入った可能性があるので、膀胱内圧測定で排尿筋反射が出ているかどうかを確かめます。

(2)尿道留置カテーテル管理:どうしても間欠導尿が出来ない理由がある場合に尿道からカテーテルを留置する管理法です。日本では必要以上に行われています

(3)一時的膀胱瘻管理:全身状態不良でカテーテルの留置が必要なら、尿道からではなく直接下腹部から膀胱を穿刺する手術処置でカテーテルを留置管理します。

また、どの排尿管理方法が可能かどうかは、膀胱と括約筋の反応だけでなく、排尿関連動作が無理なくできるかどうかの身体機能と生活状況も含めた把握が必要です。

脊髄損傷の患者さんが回復期リハ病棟に入院している時期は、排尿障害がどのくらい回復したかを見極めて、退院後の生活にどの排尿管理方法がベストかを判断する大切な時期です。

参考

岩坪 暎二:脊損ヘルスケア・基礎編 第5章 膀胱機能障害, NPO法人日本せきずい基金 2005.

ミニレクチャー No. 77 感染対策:血液培養は2セットとる

感染対策:血液培養は2セットとる 

肺炎や尿路感染症などの細菌感染症は抗菌薬で治療が行われます。抗菌薬はものによって、たくさんの種類の細菌に有効なもの(広域な抗菌薬)と、ある程度ターゲットを絞った抗菌薬(狭域な抗菌薬)があります。重症感染症では最初の治療が外れて患者さんの状態が悪くなっては困るので、広域な抗菌薬で治療を開始します。しかし、例えその治療が有効でも、広域の抗菌薬使い続けると、病気の原因でない腸内細菌などの常在菌まで殺してしまいます。さらに広域抗菌薬に対する耐性菌ができやすくなり、抗菌薬が使い物にならない世界の到来を早めることになってしまいます。

そうならないために、抗菌薬を開始する前に、細菌感染の現場からサンプルを採取して培養し、原因菌を突き止めるようにします。そして、原因菌が分かった段階で、その細菌にターゲットを絞った狭域の抗菌薬に切り替えます(この行為をde-escalationといいます)。

この培養のためのサンプル採集は抗菌薬開始前に行います。重症な感染症では、原因となった細菌が血液の中を流れている状態(菌血症といいます)になることがあります。この場合、採血しますが、皮膚には無数の常在菌が存在するので、その細菌が紛れ込んでしまう可能性があります。菌血症を疑って血液培養をすると菌が生えてきたけど、それが真の原因菌か混入した菌(コンタミネーションとか「コンタミ」といいます)かの判断に困ります。

この問題は、血液培養を2セットとることである程度解消できます(酸素があっても大丈夫な菌を培養する「好気ボトル」と、酸素があると生きていけない菌を培養する「嫌気ボトル」の2本で1セットです)。

真の菌血症であれば、2セットの両方で菌が生えて、しかも培養開始後短期間で生え、疑っている感染症の原因として矛盾しない菌(肺炎が原因の菌血症なら肺炎を起こしやすい菌が、尿路感染症が原因なら・・・と、ある程度感染場所によって想定される原因菌は決まっています)が生えてきます。逆にコンタミしやすいのは、表皮ブドウ球菌、バチルス、コリネバクテリウム、プロピオニバクテリウムなどの表皮に常在する細菌です。これらが生えた場合は、1セットしか採取していない場合、原因菌かコンタミか判断に迷いますが、2セット摂取していれば、例えば1セットから皮膚の常在菌が生えて、もう一方からは生えなければ、採取時のコンタミだとわかります。逆に1セットから生えただけでも肺炎球菌や、大腸菌緑膿菌などの場合は原因菌であることが大半です(普通皮膚に存在する菌ではないので)。

2セットの採取はできれば異なる場所からの採血が望ましいです。ただし鼠径部は菌が多くコンタミのリスクが他の場所の10倍も高いので避けた方が良いです。採血量は110mlで、多すぎても少なすぎても感度が低下します。もし15mlしか採取できなかった場合は好気ボトルに10ml、嫌気ボトルに5mlと分けます(嫌気性菌が菌血症の原因になる可能性は5%程度であるため)。そして先に嫌気ボトルに分注します(嫌気ボトルに空気が入らないようにするため)。分注後は転倒混和して培養液とよく混ぜます。

 

参考:

岩田健太郎感染症999の謎, メディカルサイエンスインターナショナル.