ミニレクチャー No. 76 脊髄損傷 その1:基礎編

脊髄損傷 その1:基礎編

 

脊髄は脳と指令をやりとりする神経の通り道です。脊髄損傷では、傷害が脳に近ければ近いだけ影響を受ける脊髄の範囲は広くなります。例えば、頚髄損傷では頚髄部分だけでな く胸髄・腰髄・仙髄部分も伝導路障害の影響を受けます。損傷を受けた脊髄より上の部分の機能だけが生き残ります。

頚髄から8対、胸髄から12対、腰髄から5対、仙髄から5対の脊髄神経が出ており、それぞれ身体の支配領域が決まっています。頚髄は横隔膜や上肢を支配し、胸髄は胸や腹、腰髄は下肢前面、仙髄は下肢の後面と骨盤内臓を支配しています。

胸髄、腰髄に損傷を受けると下半身に麻痺(対麻痺といいます)が起こり、立つこと、歩くことが難しくなります。頚髄損傷では首から下の全身に麻痺(四肢麻痺といいます)起こり、体を自分の力で動かすことが難しくなります。仙髄以下の障害では、体は自由ですが、排尿排便やセックスだけができにくくなります。

脊髄の神経伝導路が完全に切断されてしまうと、その部分から下の脊髄神経で支配される体の感覚・反射・運動が完全に無くなります。傷害が軽くて部分的に神経伝導路が残っている場合は、障害も不完全で回復する可能性もあります。その場合は、知覚は(1)まったく感じない、(2)何となく分かる、(3)ほぼ分かる、(4)正常に分かる、運動は(1)まったく動かない、(2)痙攣で意志に関係なく動く、(3)少し動かせるが役に立たない、(4)動かせて役に立つ、(5)問題ない、など色々な程度に障害が分かれます。膀胱・直腸・性器の感覚や排尿・排便の働きも同じです。

最終的にどの程度の後遺症が残存するかについての予測は、完全麻痺では1ヶ月以内に、不完全麻痺は3ヶ月から6ヶ月以内に概ねわかります。麻痺は治るものは治り、そうでないものは治りません。現在の医学では、壊れた脊髄を元どおりには出来ませんが、合併症が起きないように、もっと上手に動けるように治療しリハビリテー ションすることは出来ます。 

回復期には将来の見通しを話して、障害が残る事実を理解してもらわなければならないこともあります。それは、現実に直面して、自分のために必要なことをするためです。「治る」という期待と「治す」という信念は大切ですが、現実から目をそらしては進歩がありません。自分自身が自分の身体を治すのであって、医療従事者はその手伝いをするだけです。

 

参考

岩坪 暎二:脊損ヘルスケア・基礎編 第5章 膀胱機能障害, NPO法人日本せきずい基金 2005.

ミニレクチャー No. 75 大腿骨近位部骨折の意外な真実

大腿骨近位部骨折の意外な真実

 

大腿骨近位部骨折とは大腿骨頚部骨折や転子部骨折、転子下骨折の総称です。回復期リハ病棟にも、転倒が原因で骨折し、手術後に入院してくる高齢の患者さんがたくさんいます。

回復期リハ病棟に入ってくる患者さんだけを見ていると、大腿骨近位部骨折の患者さんのイメージは、それほど重症でないかもしれません。「手術したところの痛みはあるけどどうにか動けて、リハをしているうちに何とか歩けるようになって退院して行く」といった印象ではないでしょうか?

 

ところが、大腿骨近位部骨折の自然経過は思っているよりも悲惨で、心血管疾患、肺炎、血栓症感染症、出血性合併症などを伴うことも稀ではなく、受傷後1カ月の死亡率は10%にもなります。そして1年後の死亡率は36%にも及びます。つまり、1年後には大腿骨近位部骨折の患者さんのうち1/3以上は死亡するのです。

 

さらに術前にADLが自立していた患者さんでも、1年後には11%は寝たきりになり、16%は施設入所し、80%は歩行補助具が必要となります。再手術の割合も結構高く10~49%に及びます。

 

大腿骨近位部骨折の手術には内固定術(複数螺子固定、compression hip screw)、人工骨頭があります。若い人で、交通事故などによる骨折の場合は人工骨頭でなく内固定術が行われます。人工骨頭の寿命が20年程とされているからです。一方で、65歳以上では内固定よりも人工骨頭の方が推奨されます。内固定術では骨がつくまで一定期間は手術した足に体重をかけない(免荷)時期が必要で、この間、手術していない方の片足だけをついて動くことになりますが、そのようなことは、高齢者では出来ないため、その間寝たきりとなり、結果として骨はついても廃用で全く動けなくなってしまいます。人工骨頭では、翌日から起きてリハを開始することができ、体重をかけて歩くことも可能です。内固定術では、遷延治癒や、無腐性壊死のために再手術となる率が10.0-48.8%あります。一方で人工骨頭は内固定よりも感染率は1.81倍高いです。人工物に感染が起こると、抗菌薬の投与ではまず治すことは困難で、一旦人工物を除去する必要があります。 

 

回復期リハ病棟に入院することができた段階で、ある程度ふるいにかけられた患者さんたちを見ていることになるため、それほど重症な印象を受けなくなります。この現象は、他の疾患でも同様のことが言えます。可能ならば回復期のみならず、急性期や生活期での臨床経験を積むことができれば、病気の自然経過や全体像をつかむ助けになります。

 

参考

Management of Acute Hip Fracture, Clinical Practice, New Engl J Med, Nov23, 2017.

ミニレクチャー No. 74 夜間頻尿について

夜間頻尿について

 

膀胱は、大きくなって尿を貯める機能と、意図した時に収縮してしっかりと尿を出す機能という真逆のことを問題なく行う必要があります。尿を貯めること(蓄尿)ができなくなると、尿意切迫感、切迫性尿失禁、頻尿、夜間頻尿、腹圧性尿失禁などの症状として現れます。一方で尿をしっかりと出す(排尿)ことができなくなると、尿勢低下、尿線途絶、腹圧排尿、尿閉などの症状を起こします。この蓄尿と排尿の症状をあわせて「下部尿路症状(Lower urinary tract symptoms : LUTS)といいます。

 

LUTSの原因には、加齢による排尿筋の機能異常や、排尿に関わる神経の異常(脳卒中、脊柱管狭窄症、糖尿病性神経障害、パーキンソン病、脊髄損傷)があります。LUTSの中でも夜間頻尿は、睡眠不足や寝ぼけた状態で歩くことによる転倒の原因となるため注意が必要ですが、加齢とともに夜間の排尿の回数は増加します。

 

夜間頻尿の原因には、多飲、夜間多尿になる病態(浮腫、睡眠時無呼吸、高血圧)、過活動膀胱、不眠症などがあります。また尿路感染症も頻尿の原因となることがありますが、高齢者の場合は尿に細菌が存在していても感染症を引き起こしていない場合があります(無症候性細菌尿といいます)ので症状があれば抗菌薬による治療して、それでも症状が改善しないようならば抗菌薬治療は終了し別の原因を探します。超音波検査により前立腺の肥大がないか、排尿後の残尿がないかなども確認します。そして状態把握のためには排尿記録は欠かせません。

 

夜間頻尿などの蓄尿障害に対する薬物治療は、前立腺肥大があればα1交感神経遮断薬を用います。他には膀胱の過活動を抑えるβ交感神経刺激薬(ベタニス)や抗コリン薬(ベシケア、ウリトス、ステーブラなど)、PDE5阻害薬などを用います。いずれも効きすぎて尿閉にならないよう注意が必要です。

 

また、生活習慣の指導も重要で、適切な量の水分補給の指導、特に夜間の水分摂取の制限や、お茶、コーヒー、アルコールなどの利尿作用のある飲料の制限、高血圧コントロールのための食塩制限、散歩などの運動、骨盤底筋体操などがあります。高齢者では尿失禁を気にするあまりに、頻回に排尿する習慣の人がいます。このような人では次第に膀胱の容量が減少してしまい夜間に十分な量の蓄尿ができなくなり頻尿となる場合があります。「しっかりためてしっかり排尿する」という習慣を取り戻すための練習をすることで改善する場合があります。これらの指導のためにも排尿記録が重要です。

 

参考

大庭建三:すぐに使える高齢者総合診療ノート 第2版, 日本医事新報社, 2017.

ミニレクチャー No. 73 高次脳機能障害 その2 :高次脳機能障害でおこる症状は?

高次脳機能障害 その2 :高次脳機能障害でおこる症状は?

 

神経細胞は単独で様々な機能を担っているのではなく、他の神経細胞ネットワークを作って電気信号をやり取りすることで、五感(嗅覚、視覚、聴覚、触覚、味覚)から入ってきた情報を処理して、(目的のある運動として)出力しています。脳卒中や頭部外傷で損傷を受けて、この神経のネットワークが損傷されると、情報処理が滞ったりスピードが低下します。この情報処理ネットワークの機能不全が「高次脳機能障害」です。情報処理スピードが低下するため、記憶力が落ちたり(記憶障害)、注意力がなくなったり(注意障害)、物事を順序立てて行うことができなくなったり(遂行機能障害)、頭を使うとすぐに疲れたり(易疲労性)、感情の制御が難しくなったりします(情動障害・社会的行動障害)。どの症状が前面にでるかで、「◯◯障害」というより詳しい分類がされますが、高次脳機能障害のある患者さんの場合、多少なりとも上記のような症状が、色々な組み合わせで起こっています

 

以下は、よくみられる高次脳機能障害のパターンと、その原因となった損傷部位です:

 

  1. 全般性の注意障害が他の障害に比べて目立つ・・・前頭前野損傷、軽度~中等度のびまん性軸索損傷
  2. 記憶障害が目立ち、知的低下や注意障害、遂行機能障害が軽度・・・びまん性軸索損傷、急性期の循環不全による海馬損傷
  3. 注意転換の障害や高次の保続が目立つ、同時処理ができない・・・前頭前野背外側の損傷や皮質下ネットワークの障害
  4. 遂行機能障害が目立つ・・・前頭前野背外側の損傷や皮質下ネットワークの障害
  5. 発動性の低下、行動の開始の困難が目立つ・・・前頭葉内側部損傷、重度のびまん性軸索損傷
  6. 情動の障害(易怒性など)がみられ、社会的行動障害が前景に立つ・・・前頭前野眼窩野損傷、辺縁系の損傷合併
  7. 自分の行動の帰結を認知できず自己の行動を修正できない、あるいは外界の言外にある意味や、自己の障害に対する認識が低下していて適切な行動がとれない・・・前頭前野損傷
  8. 全般的な知能低下の影響が大きく、記憶や注意、遂行機能の障害について個別に取り扱うよりは全般的に知能が低下しているものとしての対応が現実的・・・広範な脳挫傷

参考

先崎 章:高次脳機能障害 精神医学・心理学的対応ポケットマニュアル, 医歯薬出版株式会社, 2014.

ミニレクチャー No. 72 高次脳機能障害 その1 :高次脳機能障害とは?

高次脳機能障害 その1 高次脳機能障害とは?

高次脳機能障害とは、脳の損傷が原因で生じた認知や精神機能の障害です。前頭葉の広い損傷で起こる「記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害」などと、大脳の特定の部位が損傷されることで起こる、失語症半側空間無視などがあります。今回は、前頭葉の損傷でおこる高次脳機能障害についての概要です。

高次脳機能障害の原因は、8割が脳卒中で1割が頭部外傷です。若い人では、交通事故による頭部外傷によるものがほとんどです。厚生労働省による診断基準は以下の通りです:

 I. 主要症状など

  1. 脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている。

  2. 現在、日常生活または社会生活に制約があり、その主たる原因が記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知機能である。

 II. 検査所見

  • MRICT、脳波などにより認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されているか、あるいは診断書により脳の器質的病変が存在したと確認できる。

 III. 除外項目

  1. 脳の器質的病変に基づく認知障害のうち、身体障害として認知可能である症状を有するが、上記主要症状を欠くものは除外する。
  2. 診断にあたり、受傷または発症以前から有する症状と検査所見は除外する、
  3. 先天性疾患、周産期における脳損傷発達障害、進行性疾患を原因とする者は除外する。

 IV. 診断

  1. I~IIIをすべて満たした場合に、高次脳機能障害と診断する。
  2. 高次脳機能障害の診断は、脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う。
  3. 神経心理学的検査の所見を参考にすることができる。

細かい症状については今後説明していきますが、重要なポイントは「高次」とついているだけあって、回復期リハ病棟で入院生活を送るだけの時には、特に高次脳機能障害が問題となることなく、無事に退院したのに、社会生活に復帰し、復学や復職をした段階で、受傷前までは出来ていたことが上手くできず、他者とのコミュニケーションでトラブルを起こしたりして、初めて高次脳機能障害が認識される場合があります。

そのような事態にならないためにも、入院中にしっかりと評価して、必要なリハビリテーションの提供、患者さんや家族への高次脳機能障害というものについての理解を促すための教育と退院後の対策の指導を行う必要があります。

脳卒中高次脳機能障害がある場合、回復期リハ病棟の入院期間が180日と長く設定されています(No. 4参照)。それは、高次脳機能障害は長い時間をかけて改善する、という特徴があることを反映した設定です。治療者も患者さんも根気強く付き合ってゆく覚悟が必要です。

ミニレクチャー No. 71 リハに関わる人の職業病:腰痛

リハに関わる人の職業病:腰痛

 

回復期リハ病棟に入院する患者さんは、ほぼ全員が日常生活動作ADLに介助が必要です。介助は、患者さんの身体機能を引き出すことが大切なのは言うまでもありません。それぞれの患者さんの能力を把握し「できるADL」を「しているADL」へと導く介助が理想的です。

 

介助の中には、車椅子やトイレへの乗り移り動作、歩行の介助など、介助する人に結構な負担のかかるものもあります。これらの介助を繰り返し行っていると腰痛を引き起こしたり、ひどい場合は椎間板ヘルニアを発症したりすることが、ままあります。

 

患者さんの能力を最大限引き出しつつ、自分の腰への負担も減らす介助術を身につけましょう。そして、そのような介助方法を心がけていると、自分の体を傷める可能性も少なくなります。以前、武術研究家の甲野善紀さんの講習会に参加した時に、古武術的な身体の使い方を応用した介助方法を紹介されていました。決して小手先の力に頼るのではなく、全身を上手に使うことで一部の筋に負担がかからないような動きでした。もちろん個々の患者さんで適切な介助方法は異なりますので、ひとつの方法が常に正しいことはありません。しかし知っておいた方が良い原理原則はあります。

 

介助のなかで自分の体をまもるための原則は以下のとおりです:

 

  • 指先で患者さんを握らない・・・鷲掴みにされると患者さんは不快ですし、掴んだ方も手だけで操作してしまいがちです。なるべく指は伸ばしたまま、手のひら(もしくは手の甲)で操作しましょう。すると余計な力がはいらずに全身を使うので、自然に負担の少ない身体の使い方になります。
  • 自分の腰を患者さんへ出来るだけ近づける・・・介助量が比較的多い患者さんの場合、患者さんに出来るだけ密着することで腰への負担は軽減します。テコの原理です。
  • 自分の重心を患者さんの重心よりも低くする・・・介助量が比較的少ない患者さんの場合、乗り移りの介助の時などは、引っ張り上げるのではなく、なるべく下から支えることで腰の負担は軽減しますし、患者さんの能力を引き出し易いです。
  • 無理をしない・・・ひとりで難しそうならば、無理せず二人三人で行いましょう。そうすることが自分も患者さんも守ることになります。
  • 日頃から体のメンテナンスをする・・・どんなに上手な方法でも、あまりに筋力が弱かったり、体が固ければ、やはり難しいです。適度な運動・ストレッチをしましょう。またタバコに含まれるニコチンは血管を収縮させますが、椎間板はもともと細い血管で栄養されているため、喫煙すると血流が減少し弾力性を失い椎間板ヘルニアの原因となるので禁煙も重要です。

ミニレクチャー No. 70 くも膜下出血の回復期リハでの注意点

くも膜下出血の回復期リハでの注意点

 

くも膜下出血では、急性期の治療を乗り越えて回復期リハ病棟へ移ってからも注意すべきポイントがいくつかあります。

 

脳血管攣縮

 

これは脳の血管が一時的に収縮して細くなってしまう状態で、細くなった血管の先には血流が届かず、脳梗塞が起こります。発症後数日~14日目頃までに起こるので、回復期リハ病棟に移ってくるごろにはその時期は過ぎている場合がほとんどだと思いますが、脳血管攣縮による脳梗塞の程度は予後に影響するため、脳血管攣縮があったのか、あった場合程度はどのくらいだったか確認することは重要です。

 

水頭症

 

脳と脊髄が浮かんでいる脳脊髄液は作られる量と排泄される量が釣り合っています。くも膜下出血後に排泄ができなくなり脳脊髄液が過剰になることで、脳を圧迫してしまう水頭症を発症することがあります。発症後2週間~数ヶ月後まで起こる可能性があるため回復期リハ病棟でも注意が必要です。

 

症状としては認知機能障害歩行障害尿失禁の3つが特徴的です。これら3つの症状がみられれば確定的ですが、初期には「何となく動きが最近ぎこちなくなり、全身の筋肉の緊張が高くなった気がする」といった症状がみられることが多いです。そして頭部CTを撮影すると脳室の拡大がみられます。治療は排泄できなくなった脳脊髄液を腹腔内へ逃すルートを作るシャント術(脳室腹腔シャントや腰椎腹腔シャント)が行われます。

 

全身性合併症:中枢性肺水腫、心電図異常、低ナトリウム血症

 

特に重症例で起こりやすいですが、肺水腫や不整脈心不全、呼吸不全、心筋虚血、たこつぼ心筋症などが起こることがあります。また、中枢性塩類喪失症候群や抗利尿ホルモン不適合分泌症候群SIADHによる低ナトリウム血症がみられることもあります。低ナトリウム血症では、重症になると意識障害が起こることがありますので、意識状態や尿量が異常に多くないかなど、注意して観察する必要があります。

 

参考:亀田メディカルセンターリハビリテーションリハビリテーション 編集:改訂第3 リハビリテーション リスク管理ハンドブック, メジカルビュー, 2017.