No. 122 バランストレーニングが記憶力や空間認知能力を改善する

バランストレーニングが記憶力や空間認知能力を改善する

 

Rogge, AK, et al. Balance Training Improves Memory and Spatial Cognition in Healthy Adults. Scientific Reports 7, no. 1 (Dec 2017). https://doi.org/10.1038/s41598-017-06071-9.

 

運動が認知機能を改善することはよく知られています。しかし、どの様な種類の運動が認知機能に影響を及ぼすかについては、はっきりわかっていません。この研究では、バランス能力を必要とするトレーニングは、記憶力や空間認知能力を改善するのではないか、という仮説について検証しています。

40人の1965歳の健常な参加者をランダムにバランストレーニングとリラクゼーショントレーニングに割り振りました。それぞれのグループは1週間に2回のトレーニングを合計12週行いました。トレーニング前後でバランス能力、心肺機能、記憶力、空間認知能力、遂行機能を評価しました。

すると、当たり前ですがバランスグループのみが有意にバランス能力が改善し、心肺機能は両グループともに変わりませんでした。さらにバランスグループでは、有意に記憶力と空間認知能力が改善していました。ちなみに遂行機能への影響はみられませんでした。

この結果から、バランストレーニングは特に記憶力と空間認知力を改善する効果があると考えられます。従って、心肺機能の改善は必ずしも認知機能の改善のための運動において必要な要素ではないと考えられます。バランストレーニング中の前庭系への刺激が、前庭系から海馬や頭頂葉への直接的な神経回路を介して、その領域に変化をもたらすと推測されています。

 

 

神経可塑性と認知機能を高める方法を開発することは、急速に進歩する技術や高齢化社会に照らして、心理学者にとって大きな研究上の関心事となっています。認知訓練プログラムや特定の栄養療法など様々な行動介入の中で、運動プログラムが認知機能を改善することが示唆されています。数ヶ月にわたる運動は、遂行機能、処理速度、および記憶を含む認知能力を改善することが示されています。さらに、有酸素運動は海馬および前頭葉灰白質の体積減少を遅らせることが分かっています。そのため、運動が認知機能に及ぼす影響を調査した研究の多くは、ランニング、ウォーキング、サイクリングなどの有酸素運動に焦点を当てていました。しかし、高齢者における有酸素運動の認知機能への影響を検証した最新のメタアナリシスによると、心肺機能の向上と認知機能の改善の間に因果関係があるという明確なエビデンスは無いと結論付けられています。つまり、有酸素運動による心肺機能の改善は、運動による認知機能改善の複数の要素のひとつに過ぎないのかもしれないのです。この仮説は、他の種類の運動が認知機能改善に有効であったという最近の報告によっても支持されています。例えば、協調動作やダンスを取り入れたランダム化介入試験では、記憶力、選択的注意、遂行機能、空間認知において、対照群よりも良好な結果が得られました。

有酸素運動無酸素運動かに関わらず、身体運動は前庭系や神経筋そして固有感覚系のシステムに対する刺激を提供します。身体の動きやバランスの認識は、固有感覚や視覚系からのシグナルと関連しながら、前庭系で慣性の動きが感知される事でコード化されます。前庭神経核と小脳や海馬そして前頭前野頭頂葉皮質との連絡経路によって、空間認知や方向感覚そして記憶などの、認知機能に関する情報がやりとりされます。例えば、両側の前庭の損傷があると、空間記憶課題の成績が低下し、海馬は萎縮し、辺縁系視床の白質路における異方性の減少が起こることがわかっています。

運動中の前庭系の刺激の増加は、身体運動と認知機能との間の必須の調節因子であると推測されています。動物研究では、バランス能力の改善がニューロンのより高い生存率をもたらし、海馬および前頭前野の体積を増加させることが示されています。ヒトでは、バランス能力は、海馬、基底核、前頭部および頭頂部の脳領域の増加と関連しています。しかし、認知機能、特に記憶および空間認知に関連するバランストレーニングの効果に関するデータはこれまでのところあまりありません。若年成人を対象とした最近の研究では1ヶ月間のバランストレーニング後に空間オリエンテーション課題の改善が見られました。

本研究の目的は、前庭系への要求が高い運動プログラムが、特に記憶および空間認知を改善するという仮説を検証することです。この目的のために、我々は、リラクゼーショントレーニングと比較して、健康な成人で要求の厳しいバランストレーニングプログラムを実施しました。どちらの訓練タイプも心肺機能には影響を与えないと考えられます。記憶、空間認知および遂行機能を、12週間の訓練プログラムの前後で評価しました。

 

Methods
Participants.
広告で募集したハンブルグ市(ドイツ)在住の健常成人70人が参加しました。参加者は1865才で、最近5年間は月に5回以上の運動をしておらず、バランストレーニングやリラクゼーショントレーニングの豊富な経験のない人です。視力聴力に問題はありません。除外基準は未治療の心疾患、未治療の呼吸器疾患、神経学的もしくは精神的疾患、急性期の筋骨格系疾患や関節の変性疾患がある場合です。さらに参加者はスポーツ健康診断を受けました。

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Design. 参加者は年齢、性別、教育歴に基づいてペアに分類されました。各ペアをバランスグループまたはリラクゼーショングループにランダムに割り当てました。各参加者は、介入の前後に3回のテストを受けました。テスト内容には、バランステスト、心臓機能検査、認知テストが含まれ、同時に身体活動精神病理学的症状に関するアンケートが行われました。すべての評価者は、参加者のグループ割り当てに関して盲検され、参加者は検証仮説に関する詳しい説明はなされていません。

Intervention. 参加者は10-12人の集団で1週間に212週間トレーニングを行いました。各セッションは150分です。 両方のトレーニンググループが同じプロのトレーナーから指導を受けました。各参加者は24回のトレーニングセッションに参加予定でした。トレーニングは合計13週間行われ、参加者は逃したトレーニングセッションに追いつくことができました。すべての参加者は、介入期間を通して身体活動習慣のレベルを変えないように勧められました。

Balance training. 参加者は、片脚または両脚のいずれかで、さまざまな接地面上でバランスサーキットトレーニングを実施しました。セッションごとに8つの異なるバランスステーションを完了しなければならず、それぞれ5分間行われます。課題は反応的な姿勢調整を誘発し、参加者にバランスを保ち続けさせるように設計されています。例えば、ある課題は片脚でバランスを保ちながら、腰の周りに巻いた強力な弾性ストラップで常に一方の側に引っ張られる、というものです。ステーションの半分では、タンデムで動くことを要求されます。例えば、参加者はウォーブルボードに立って、メディシンボールをパートナーに投げ、バランスを維持します。エクササイズは参加者のスキルレベルに応じて微調整します。調整はバランス要素の難度を組み合わせて行われます。例えば、ストラップ張力の変化、相手までの距離を伸ばすこと、または柔らかい表面上の一方の脚に立って目を閉じることなどで行われます。参加者は課題に対する戦略を事細かに教えられることはありません。トレーニングに持続的に興味関心をもって十分に取り組むために、6週間後にはエクササイズを新しいセットに置き換えました 。

Relaxation training. ラクゼーショングループは、2つのよく知られたリラクゼーション技法、すなわち漸進的筋弛緩法および自律訓練法を実施しました。参加者はマットに寝そべったり、座ったりして、一部の筋の緊張を積極的に増減させる(漸進的筋弛緩法)か、呼吸のリズムや深さに集中する(自律訓練法)ことにより、リラクゼーションアプローチを実践するよう指示されました。トレーニング期間の最初の半分では、漸進的筋弛緩法が教示され、6週間後に自律訓練法が導入され参加者のモチベーションと注意力を維持しました。 

Assessments. Physical assessments.

バランス:介入前後の動的、機能的および静的バランスを評価するために3つの異なる方法を用いました。

(1)動的バランスはスタビリティプラットフォームで評価しました。参加者は両側に最大15°水平方向に傾く台の上に素足で立ちます。そしてプラットフォームを30秒間水平姿勢に保つように求められます。転倒予防に手すりが用意されていましたが、試行中は手を腰に置いたままにします。1分の練習の後、30秒間の休憩をとりながら、各条件(開眼と閉眼条件)につき3回の試行を行いました。テストのスコアはプラットフォームが水平位置(±3°)にある平均時間として計算されました。

(2)機能的バランスを測定するために、バランスエラースコアリングシステム(BESS)を使用しました。参加者は裸足で目を閉じた状態で以下の3つの姿勢で検査を受けました:両脚立位(足を平行にして立つ)、片脚(非利き足)、セミタンデム(非利き足を利き足の後ろにして踵とつま先をくっつける)。すべての試行中、参加者は手を腰に置いて、できるだけ動かないで立つように指示されました。地面は堅固な表面と中密度の発泡体の10cm厚の平らなクッションのふたつです。BESSプロトコルに従い、各姿勢を各地面で2回ずつテストしました。各試験は20秒間です。参加者はビデオ録画され、2人の熟練した観察者が独立して標準化された評価尺度を用いてエラーを記録しました。エラーカテゴリには、目を開いたり、腰を離したり、踏んだり、つまずいたり、転倒したり、前足やかかとを持ち上げたり、股関節を30度以上外転したり、5秒以内に元の姿勢に戻れない、などが含まれます。

(3)姿勢の揺れ速度を評価するためにフォースプレートを使用しました。両脚、片脚、およびタンデムの姿勢時の圧中心(CoP)のデータを収集しました。各姿勢は、目を閉じて3回、目を開けて3回施行しました。眼の開閉状態の順序は参加者間で無作為化されています。試行はそれぞれ30秒間です。各試行の最後の20秒を分析に使用して、初期運動バイアスを回避しました。CoPの揺れ速度は、内側-外側および前方-後方CoP変位の累積を試行時間で割ることによって算出しました。全体のCoPスコアは、姿勢、条件および揺動軸(内側-外側、前方-後方)ごとの3つの試行の平均として計算しました。片脚は参加者のほとんどにとって難しかったので、両脚とタンデムだけをメインスコアにしました。

 

Cardiorespiratory fitness: 心肺機能はエルゴスパイロメトリーによって評価しました。参加者は初期負荷50ワットでサイクル・エルゴメータを開始し、抵抗が徐々に増加し毎分50/3ワット増え、参加者が主観的に知覚する最大限の疲労に達するまで続けられました。エルゴスパイロメトリー中に、酸素摂取量、心拍数、乳酸値および血圧をモニターしました。心肺機能は、疲労時の最大酸素摂取量(ml /分)を体重で除したものVO2peak(ml // kg)として定義しました。

 

Cognitive assessment.

記憶:聴覚的言語対の関連学習タスクを用いて記憶を評価しました。20ポーランド-ドイツ語の単語対(10の名詞と10の動詞)がスピーカーを介して提示されました。刺激はブロック間で30秒の遅延で3回提示されました。語彙ペアの順序は、各ブロック内でランダムに提示されました。学習の後、ポーランド語のみがランダムな順序で提示され、参加者には対になるドイツ語を書いてもらいました。正確に想起された単語の数を記憶スコアとして使用しました。2つの類似したテストを用意し、参加者は、事前テストで2つのテストバージョンのいずれかにランダムに割り当てられ、テスト後にもう一方のバージョンを受けました。バランスグループの一人の参加者がポーランド語の知識を持っていたので記憶テストから除外されました。

 

空間認知テスト: 

(1)Orienting and Perspective Taking Test (OPT)。この筆記試験は異なる視点からのシーンを想像する能力を評価するものです。参加者には7つのオブジェクトが描かれた画像が提示されます。 課題は、あるオブジェクトの位置から、別のオブジェクトに相対していた時に、3つ目のオブジェクトの角度を推定して記載します。一つの検査で12の項目があり、制限時間は5分です。正しい解から参加者の推定値を引くことで誤差を求め、項目ごとの平均誤差スコアが各参加者について算出されました。 

(2)Figure orientation。このテストは筆記試験です。参加者には20個のアイテムのセットが与えられ、それぞれは異なる形状に切断されていました。その目的は、その作品を頭の中で組み合わせた時に出来上がる5つの形を見つけることです。制限時間は7分です。2つのバージョンの試験が用意され、参加者は、事前テストでランダムにどちらかに割り当てられ、事後テスト時にもう一方のバージョンを受けました。 7分間の試験時間内での正答数を従属変数として使用しました。
(3)Mirror images。これはWilde Intelligence Test(WIT)のサブ項目です。5つの同一であるが様々な方向に回転した状態の無意味な図形が提示され、その内の1つは同じ形の鏡像になっています。参加者は鏡像のもとになった図を見つけます。参加者には、3分の時間制限で20回の試行を行います。2つの類似したバージョンを用意して、参加者は、事前テストでランダムにどちらか一方に割り当てられ、事後テスト時にもう一方のバージョンを受けました。3分の試験時間内に正答した項目の数を従属変数として使用しました。

さらなる分析のために、上記3つの試験結果をひとつのスコアに統合して標準化し、各参加者の空間認知スコアと定義しました。

 

遂行機能:コンピュータで行うストループテストを遂行機能の評価として用いた。色(赤、黄、青、緑)を表す単語が、きちんと一致して表示されるかまたは文字の意味と文字色が一致しない状態でスクリーンに表示されます。少し遅れて(SOA = 300ms)、2番目の色を表す単語がすぐ下にグレーのフォントで表示されます。参加者は、上の単語のフォント色が、灰色のフォントで書かれた色の意味と一致するかどうかを判断し、2つのボタンのうちの1つをできるだけ速く押します(yes = 左、no = 右)。 この2つの文字は1000ミリ秒間だけ提示され、次に黒い画面になります。さらに、カラーで印刷された色を表さない形容詞(すなわち「空」「高」など)が対照条件として表示されました。条件ごとに48回の試行(不一致、一致、対照)が無作為の順序で提示されました。誤った試行および反応時間が200msより短いもの、および条件あたりの群平均より3SD高い試行は排除されました。推論スコアは不一致条件の平均反応時間から一致条件の平均反応時間を引いたものとして定義されました。

参加者は20回までは、試行ごとに即時フィードバックが提示されました。メインのテストの間はフィードバックは与えられませんでした。 3人の参加者がストループテストを完了しませんでした。2人は色盲のため、1人はドイツ語以外の話者でした。

追加の評価:参加者の語彙、身体活動精神病理学的症状をアンケートで評価しました。これらの評価により認知機能や介入による変化に与える潜在的な影響を制御することができました。

ドイツ語の「Mehrfachwahl-Wortschatztest」を知性を評価するために使用しました。このテストは、教育的背景に敏感で、健康な成人のグローバルIQと相関しています。

身体活動に関するフライブルグアンケート」を使用して、介入前および3ヶ月後の身体活動を評価しました。アンケートには、階段を降りたり、歩くなどの日常的な身体活動、余暇やスポーツ活動などが含まれます。週当たりの総活動時間はさらに、身体活動に関連する総エネルギー消費を推定するためにMETに変換しました。

Symptom Checklist-90-R(SCL 90R)を用いて自己診断した精神病理学的症状を評価しました。9つの下位尺度で90項目の心理測定質問票は、広範囲の心理的な緊張と精神病理を評価することを目的としています。すべての下位尺度に基づくグローバルスコア(Global Severity IndexGSI)を使用して参加者の精神病理学的症状を群間で比較し、介入後の変化のうむを検証しました。

 

Results 

バランスとリラクゼーショングループの参加者は、年齢、性別、語彙スコア、心肺機能、自己報告された身体活動、および精神病理学的症状に関して有意差はみとめませんでした。 さらに試験前の身体的および認知的変数に関して有意差は認めませんでした(すべてp> 0.250)。

Physical Variables. バランストレーニングは、スタビリティプラットフォームにおける参加者の動的バランス能力を向上させました。事後テストでのバランストレーニンググループの平均は、リラクゼーショングループの平均よりも高くなりました。BESSで測定した機能的バランスや、フォースプレートで評価したCoP揺動速度には有意な訓練効果はありませんでした。トレーニングは参加者の心肺機能を高めるものではありませんでした。VO2peakに対する有意な効果は認めませんでした。

Cognitive Variables. 訓練後、バランスグループの調整された平均は、リラクゼーショングループの平均よりも高くなりました。空間スコアの分析でも訓練後、調節された空間スコアは、リラクゼーション訓練群よりもバランスグループで高くなりました。ストループテストでは事後テストで群間の有意な差は認めませんでした。

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Self-reported physical activity and psychopathological symptoms. 平均して、参加者は週の身体活動時間が、試験前の平均7.62(SD = 5.58)時間から、事後には平均10.12(SD = 6.68)時間に増加していました。さらに、実験後は、実験前よりも週当たりのエネルギー消費量が多くなっていました。

年齢は、身体的および認知的変数のいずれにおいても試行前後の変化と相関は無かった。

Discussion 

健常な成人群における今回の無作為化介入研究の目標は、バランストレーニングが認知機能、特に記憶および空間認知を改善するという仮説を試験することでした。動的バランス能力は、バランスグループにおいてのみ介入前後で改善していました。これとは対照的に、予想通り心肺機能の変化は、バランスグループまたはリラクゼーショングループのいずれにおいても観察されませんでした。バランスグループのみが記憶力および空間認知能力を改善しました。2つのグループのいずれも遂行機能は変化しませんでした。

この知見は、体系的なバランストレーニングが、記憶や空間認知などのいくつかの認知機能を高めることができることを示唆しています。重要なのは、認知機能に対する運動の有益な効果を引き出すためには、心肺機能の増加が必要ではないことが示唆されたことです。このことは、認知機能に影響を及ぼす身体活動における複数のメカニズムがあることを意味しています。

今回の研究では、特に前庭系に影響を与えるためのバランストレーニングを使用しました。前庭系は、本質的に、自己の運動中の線形加速度を検出することによって空間認知および方向付けに関与します。さらに、前庭系は、空間的ナビゲーションに関与することが知られている側頭葉ならびに頭頂-側頭皮質網への解剖学的な接続を有しています。短期バランス訓練後の構造変化は、前頭部および頭頂部で認められます。さらにプロのダンサーやスラックライナーは、海馬後部の灰白質量が大きくなりますが、非バランス専門家と比較して、海馬前方はより少ない体積を有することが知られています。著者らはこの構造差を、海馬への前庭-視覚経路の持続的刺激後の可塑性変化の指標として解釈しました。本研究のバランストレーニングの12週間後の記憶および空間認知の改善は、これらの構造データと一致しています。バランストレーニンググループは、海馬の記憶システムに関連するペア連想学習タスクが向上していました。

今回我々は、バランス(リラクゼーション)トレーニングの後、遂行機能の改善を認めませんでした。高齢者における協調運動、エアロビクス、ストレッチなどを比較した研究の結果では、遂行機能は身体的訓練をしたグループにおいて改善したと報告されています。バランストレーニングの効果は、記憶と空間機能のみに制限されている可能性があります。有酸素運動を実施する研究では、遂行機能の改善が繰り返し観察されています。本研究ではバランスグループもリラクゼーショングループも、心肺機能において有意に変化しませんでした。

さらに今回の参加者は、平均年齢が若く、年齢範囲は先行研究よりもはるかに広いものでした。認知機能は、加齢に伴う変化が存在する場合、運動のような介入に特に敏感であるという仮説があります。したがって、今回、遂行機能に大きな影響を及ぼさなかった別の理由としては、本サンプルの幅広い年齢層があった可能性があります。今回は若年者と高齢者のパフォーマンスの変化には身体的および認知的変数の両方で差がありませんでした。今後の研究では、年齢による差を調べるために、より大きな標本サイズで行う必要があります。 

今回の知見は、バランストレーニングが、リラクゼーショントレーニングと比較して、記憶および空間認知に有益な効果を示すことを示しています。事後テストでのグループ間の違いが、特定のバランストレーニングによって説明されると結論付けるために、他の可能性について議論する必要があります:バランストレーニングは、リラクゼーショントレーニングよりも大きなレベルの固有感覚や視覚、運動覚により大きな学習効果があります。前庭神経経路は本質的に多感覚であり、前庭シグナルは、固有感覚、視覚、触覚情報を初期段階で内包している。それは、求心路における脳幹前庭核や深部小脳核と同じである。どれか一つのサブプロセスが関与しているのか、もしくは前庭覚、体性感覚および視覚の統合が、訓練によって引き起こされた記憶および空間認知の増加に必須であるかどうかは、今後の研究の課題である。パートナーや物との調整を必要とする課題が、トレーニングを参加者にとってより魅力的なものにするために導入されました。リラクセーショングループは2つの異なるリラクセーション手法を取得しましたが、全体的なタスクの複雑さはバランストレーニンググループで高くなりました。複雑な課題を処理するトレーニングでは、記憶と空間認知の能力のみに特化しておらず、遂行機能を要求される課題であった可能性を完全には排除することはできませんが、事後テストでは遂行機能に両群で差がありませんでした。

身体活動は、抗うつ作用および抗不安作用を有し、ストレスに対する耐性を高めることが知られています。本研究では、ベースライン時および介入後に、精神病理学的症状の全体的スコアを評価しました。スコアは、事前テスト時、グループ間で差はありませんでしたし、介入前後での変化も認めませんでした。さらに、両トレーニンググループは、時間の経過と共に自己報告された習慣的身体活動はと同じレベルでした。介入前後での週当たりの2時間の身体活動の増加が両方のグループで記録されており、これは介入への参加を反映したものです。したがって、記憶および空間認知において観察された改善は、バランス介入に関連している可能性が高いです。

要約すると、健常な成人における12週間のバランストレーニングは、記憶および空間認知に正の影響を及ぼし、認知への身体運動の有益な効果を誘発するために心肺機能の増加は必要ないと思われました。

以上のことから、バランストレーニングは、健康上の制限で有酸素トレーニングができない人に対して、有望な代替介入になるかもしれません。