ミニレクチャー No. 88 入院中の高齢者の転倒予防

入院中の高齢者の転倒予防

 

入院中の高齢者は転倒のリスクが高いです。疾患がある上に、慣れない環境で、さらに治療による副作用まであるのですから当然といえば当然です。転倒は複数の要因によって起こることが殆どです。病気を治療する行為の多くが転倒のリスクを高めてしまいます。例えば、心不全に対する治療での降圧薬、利尿薬、モニター装着、膀胱留置カテーテルなどは、全て転倒リスクを増加させます。なので、「これさえすれば転倒は予防できる!」という様な単純な、対策はありません。

 

転倒のリスクは大きい順に、「過去の転倒歴」「バランス障害」「筋力低下」「視力障害」「ポリファーマシー」「歩行障害」「うつ状態」「起立性低血圧」「ADL障害」「80歳以上」「女性」「低BMI」「尿失禁」「認知症」「糖尿病」「疼痛」という報告があります。

 

当たり前といえばそうですが、一度転倒した人は要注意です。「バランス障害」「筋力低下」に対しては運動療法エビデンスがあり、強く推奨されています。ただし、この運動療法には必ずバランス訓練が含まれていなければなりません。バランス訓練としては太極拳が勧められています。太極拳の動きには片足立ちや、体重移動を伴う動きが多く含まれている、ゆっくりとした動きであるのが良いようです。また、日中はベッドから出て過ごし、歩いても椅子に座っていても良いので、とにかく安静臥床による起立性低血圧を予防することが重要です。

 

内服薬については、転倒リスクの高くなる薬(降圧薬、α拮抗薬、硝酸薬、麻薬、抗ヒスタミン薬、抗けいれん薬、プリンペラン、抗パーキンソン薬、ジギタリスなど)を処方した場合は、経過を観察する必要があります。とくに向精神薬や抗コリン薬はリスクと利益を慎重に見極め、使用は最小限に留めます。また転倒リスクの高い薬でなくても、多剤併用(ポリファーマシー)状態の場合、具体的には4剤以上内服している場合はリスクが高いため、不要な薬はできるだけ減らします。

 

静脈ラインや膀胱留置カテーテルはできる限りはやく終了します。身体抑制も薬物的抑制(抗精神病薬ベンゾジアゼピン系など)も、「抑制を始めたときから」できる限り終了するように評価します。

 

これらのことを行なっても、病院での転倒の多くは防ぐことができない可能性が高いです。ベッドアラームも転倒を減少させるというエビデンスは無く、アラームが頻回に鳴ることによる疲労(患者もスタッフも)が増えるだけかもしれません。また認知症のある患者さんの転倒を予防するエビデンスのある方法は今までのところひとつもありません。転倒リスクが特に高い患者さんでは歩行時の見守りをするしかありません。

 

参考

仲田和正:トップジャーナルから学ぶ総合診療アップデート 第2版, 株式会社シービーアール, 2017.