No. 91 脊髄損傷 その4:再び歩けるようになる?

脊髄損傷 その4:再び歩けるようになる?

 

脊髄損傷の患者さんの多くは、下半身の麻痺が残り車椅子の生活となります。現代医学では損傷した脊髄を修復する方法はありません。受傷後半年も経てば自然治癒による改善もなくなり、その段階で歩けない人は、その後一生歩けない、というのが今までの常識です。

 

つい先日、New England Journal of Medicine:NEJMという臨床医学系のトップジャーナルに、ある論文が掲載されました。脊髄損傷による完全麻痺の患者さんで、もう受傷から3年近くが経過している4人を対象として、脊髄の硬膜外腔に電気刺激装置を埋め込む手術をしたうえで、集中的な歩行のためのリハビリテーションを行い、4人のうち2人が歩けるようになった、という論文です。

 

この報告では、手術によってL1からS1-S2までの硬膜外に脊髄に沿って合計16個の電極を埋め込み、それを操作する装置を腹部に埋め込み皮下を通したコードで接続しますます。電気刺激の頻度・強度を調整しつつ歩行練習をすることで、完全に下肢が麻痺していたひとが歩けるようになった、という驚くべき報告です。歩けなかった残りの2人についても、吊り下げ式のトレッドミル上での歩行はある程度可能になり、うち1人は一人で立つことができるようになり、もう1人も体幹が安定し端坐位をとれるようになっています。

 

NEJMのウェブサイトでは無料で患者さんの動画を閲覧することができます。平行棒(日本の平行棒との違いにも若干驚きました)や歩行器を持って歩行している様子や、なにも持たずに立っている様子、端坐位で座っている様子をみることができます。完全麻痺の患者さんとは思えない動画です。実用的な歩行とは言えないかもしれませんが、頚髄や胸髄の損傷後の患者さんが、安定して座ったり、立ったりしているというだけでも驚きです。

 

もちろん、この報告にある治療方法が、明日からすぐに実際の臨床現場で導入できるわけではありません。電気刺激装置の電源を切ると全く動けなくなります。また一人の患者さんはトレーニング中に大腿骨頚部骨折を起こすという有害事象もあった様です。

 

これからさらに研究が繰り返され、有効性と安全性が検証され、今後世界で広く行われるようになるか、立ち消えてしまうのか徐々に明らかになってくるものと思われます。

 

参考

Angeli, Claudia A., et al:Recovery of Over-Ground Walking after Chronic Motor Complete Spinal Cord Injury. New England Journal of Medicine 2018年9月:https://doi.org/10.1056/NEJMoa1803588.