ミニレクチャー No. 90 高齢者の糖尿病は積極的に治療しないほうがよい?

高齢者の糖尿病は積極的に治療しないほうがよい?

 

糖尿病は、尿に糖が含まれることからついた名前ですが、本当のところの問題は、血液の中に過剰な糖が存在することにあります。糖が多量に血液の中にあると血管の壁を内側から傷つけ、様々な病気の原因になります。脳血管障害や心筋梗塞、腎不全、神経障害や網膜症など大小の血管の障害によって起こる病気です。

 

回復期リハ病棟に入院してくる患者さんの中には、糖尿病を持っているひとが比較的多いです。その程度は、薬もインスリンも使用していない人から、1日4回のインスリン注射が必要な人までさまざまです。

 

糖尿病の治療は、次々と新薬が発売され、食事療法についても糖質制限や地中海食など色々な意見が飛び交い、数年前まで正しいと思われていたことが、今や全然違っている、なんてことが日常茶飯事です。そのような状況でも、糖尿病の治療で重要な基本的な考え方があります。それは、糖尿病の治療の目的は血糖値やHbA1cが下がることではありません。そんなバカな、と思うかもしれませんが、糖尿病治療の真の目的は、治療をする事でその後の病気(脳卒中心筋梗塞、網膜症、腎不全、神経障害など)が予防できて、健康に過ごせる寿命が伸びることです。たとえ物凄く血糖値が低下する治療があったとしても、逆に副作用で寿命が縮まるのでは意味がありません。

 

2018年、米国内科学会が5つのガイドラインを統合して、2型糖尿病におけるHbA1cの目標値についての最新の指針を出しました。治療の目標は個々の患者さんの状況を踏まえて決定すべきであると述べられています。ほとんどの患者さんで目標HbA1cは7~8%の間にすべきで、6.5%を下回っている場合は治療を弱めよ、と言っています。さらに、余命が10年未満と予想される患者さん(概ね80歳以上の人)や、介護施設入所者、衰弱した患者さんにおいては、高血糖による症状を最小限にするための治療を行うようにして、むやみに目標のHbA1cの値を設定して治療しないように推奨しています。

 

2型糖尿病の患者さんに対して、厳密な治療で血糖コントロールをした場合と普通の治療をした場合を比較した研究が過去に複数行われましたが、どの研究結果でも厳密に積極的な治療を行っても、その後の病気は大して減らせず、寿命も伸びず、逆に普通の治療を行なった場合よりも死亡率がむしろ高くなってしまいました。これらの研究の対象は高齢者がほとんどであったため、もちろん若い糖尿病患者さんでは、また別の話です。少なくとも先に述べたような高齢の患者さんでは、一生懸命に血糖値を正常化させることの意義は少ないと言って良いと思います。

 

参考

Qaseem A et al. Hemoglobin A1c targets for glycemic control with pharmacologic therapy for non-pregnant adults with type 2 diabetes mellitus: A guidance statement update from the American College of Physicians. Ann Intern Med 2018 Mar 6; [e-pub].