脳卒中患者の歩行能力の正確な予測は、脳卒中後72時間以内に可能か?

Is Accurate Prediction of Gait in Nonambulatory Stroke Patients Possible Within 72 Hours Poststroke? The EPOS Study

脳卒中患者の歩行能力の正確な予測は、脳卒中72時間以内に可能か?

J. M. Veerbeek, MSc, E. E. H. Van Wegen, PhD, B. C. Harmeling–Van der Wel, PT, and G. Kwakkel, PhD, for the EPOS Investigators

Neurorehabilitation and Neural Repair 25(3) 268–274, 2011

Abstract

Background. Early prognosis, adequate goal setting, and referral are important for stroke management.

Objective. To investigate if independent gait 6 months poststroke can be accurately predicted within the first 72 hours poststroke, based on simple clinical bedside tests. Reassessment on days 5 and 9 was used to check whether accuracy changed over time.

Methods. In 154 first-ever ischemic stroke patients unable to walk independently, 19 demographic and clinical variables were assessed within 72 hours and again on days 5 and 9 poststroke. Multivariable logistic modeling was applied to identify early prognostic factors for regaining independent gait, defined as ≥4 points on the Functional Ambulation Categories.

Results. Multivariable modeling showed that patients with an independent sitting balance (Trunk Control Test–sitting; 30 seconds) and strength of the hemiparetic leg (Motricity Index leg; eg, visible contraction for all 3 items, or movement against resistance but weaker for 1 item) on day 2 poststroke had a 98% probability of achieving independent gait at 6 months. Absence of these features in the first 72 hours was associated with a probability of 27%, declining to 10% by day 9.

Conclusions. Accurate prediction of independent gait performance can be made soon after stroke, using 2 simple bedside tests: “sitting balance” and “strength of the hemiparetic leg.” This knowledge is useful for making early clinical decisions regarding treatment goals and discharge planning at hospital stroke units. 

 

背景:脳卒中管理には、早期の予後予測に基づく適切な目標設定と紹介が重要です。

目的:単純な臨床でのテストに基づいて、脳卒中6か月時点での歩行自立度を、脳卒中72時間以内に正確に予測できるかどうかを検証します。また、5日目と9日目に再評価を行って、時間経過とともに精度が変化したかどうかを確認しました。

方法:自立して歩くことができない初発の虚血性脳卒中患者154人について、19個の人口統計学的および臨床的変数を72時間以内に評価し、5日目と9日目にも再評価しました。多変数ロジスティックモデリングを用いて、自立歩行獲得を初期に予測する因子を特定しました。自立歩行はFunctional Ambulation Categories4点以上と定義しました。

Functional Ambulation Categories; FAC

評価方法:15m程度の歩行路や階段を使用し動作観察から以下の6段階に分類します。補装具の使用の有無は問いませんが、FACを使用している研究論文によっては歩行器や車輪付きの歩行補助具の使用は認めていない場合があります。

0 歩行不能:歩行困難、または平行棒内のみ歩行可能だが、平行棒外を安全に歩くために2人以上の介助が必要。

1 介助歩行レベル2:平地歩行において転倒予防のために1人の介助が必要。介助は持続的で、バランス保持、動作の手助けに加えて体重を支える必要がある。

2 介助歩行レベル1:平地歩行において転倒予防のために1人の介助が必要。介助はバランス保持、動作の手助けのための持続的、または断続的で触れる程度の介助。

3 監視歩行:介助なしに平地歩行が可能だが、判断能力の低下や心機能の問題、動作遂行のために口頭指示が必要といった理由から、安全のために1人の近位監視が必要。

4 平地歩行自立:平地では自立して歩行が可能だが、階段や斜面、不整地では口頭指示や介助が必要。

5 歩行自立:平地や不整地、階段、斜面を問わず、自立して歩行が可能。

 

結果:多変量モデリングによると、発症後2日目までに、一人で座れるバランス能力(体幹コントロールテスト-坐位が30)と麻痺側下肢の強さ(Motricity Indexの下肢;股関節屈曲、膝関節伸展、足関節背屈の3つの項目すべてで目に見える収縮がある、または、1つの項目で弱いながらも抵抗に抗して動く)を示す場合は、6か月で歩行自立を達成する確率は98%でした。最初の72時間にこれらの機能がないと、歩行自立の確率は27%になり、9日目になってもできない場合は10%にまで減少しました。

結論:「坐位バランス」と「麻痺側下肢の強さ」という2つの簡単なベッドサイドでのテストを使用して、脳卒中直後に歩行自立を正確に予測できます。この知識は、病院の脳卒中ユニットでの治療目標と退院計画に関する早期の臨床的決定を行うのに役立ちます。

はじめに 

自立した歩行を取り戻すことは、脳卒中リハビリテーションの主要な目標と考えられています。いくつかの前向きコホート研究では、脳卒中患者の約60%~80%が脳卒中6か月で自立して歩くことができることが示されています。 早期に歩行が自立するかどうか予測することは、脳卒中マネジメントにとって最も重要です。歩行が自立するかどうかの予測ができれば以下のことにつながります;

(a)適切な退院計画を早期から開始できるようになる

(b)患者とその家族に対して的確な情報提供ができる

(c)現実的で複合的な治療のゴール設定が可能になる

(d)家屋改修や地域社会でのサポートの必要性などを予想できる

多くの予後研究によると、年齢、麻痺側下肢の感覚および運動機能障害の重症度、同名半盲、尿失禁、坐位バランス、初期のADLおよび歩行の障害、入院時の意識レベル、脳卒中発症から最初の評価までの日数が、脳卒中から6か月後の歩行能力に独立して関連する因子として挙げられています。

残念ながら、これらの予後予測研究の結果を単純に比較することは困難です。なぜなら、患者の特性、回帰モデリング用に選択された候補決定要因、使用された測定機器、歩行の定義、評価のタイミングなどが異なるからです。脳卒中後早期の神経学的な自然回復は、発症からの時間に依存する重要な交絡因子であるため、いつ評価するかが歩行の予後予測精度に影響を与えます。つまり、歩行自立に関連すると考えれる所見、例えば失禁、座位バランス、麻痺の重症度などは、リハビリテーション病棟への入院時などの決まっていないタイミングで評価するのではなく、脳卒中後のある一定のタイミングで測定する必要があることを示唆しています。

本研究の主たる目的は、病院の脳卒中ユニットにおける初期目標設定と紹介方針を適切に行うために、脳卒中6か月の歩行自立が最初の72時間以内に正確に予測できるかどうかを調査することです。2つ目の目的は、脳卒中6か月での自立歩行の回復に関する結果予測の精度に対する、5日目と9日目の早期再評価の影響を調査することです。

対象と方法

研究デザイン

EPOSスタディ(Early Prediction of Functional Outcome after Stroke)は、脳卒中後の最初の2週間の集中的な反復測定を行う前向きコホート研究です。患者はオランダの9つの病院の脳卒中病棟から募集されました。評価は72時間以内、脳卒中5日目と9日目に行われました。3日ごとの評価を行ったのは、脳卒中ユニットの患者では、通常、毎日のリハプログラムのなかで評価を行いますが、過去の研究ではこの日々の変化についてあまり考慮されていなかったからです。脳卒中後早期には非線形に回復することや、急性期病院脳卒中ユニットから他のケア施設へ早期に退院する方針であることが多いのを考慮して、脳卒中9日までの決定要因候補の再評価に限定しました。最終結果は、脳卒中6か月で測定しました。すべての評価は、参加している各脳卒中ユニットの訓練を受けた理学療法士によって行われ、患者はオランダの理学療法ガイドラインに従って理学療法を受けました。EPOSの研究は参加病院の倫理委員会によって承認されました。

対象

脳卒中の定義はWHOの基準に従いました。脳卒中のサブタイプや、梗塞のサイズと部位の記録はバンフォード分類に基づいて行いました。 

 

以下の基準を満たした患者を対象としました:

a)初回発症の前方循環の虚血性脳卒中

brTPA治療後であっても、脳卒中72時間以内に片麻痺がある

c)病前には機能障害がない(罹患前のバーセルインデックスが19以上)

d18歳以上

e)コミュニケーション、記憶、理解に重い障害がない

f72時間以内に自立して歩くことができない(FAC<4)

g)書面によるインフォームドコンセントがなされている

 

従属変数

結果の変数はFACによって測定した自立歩行です。FACは、脳卒中後に安全に歩行するために患者が必要とする身体的サポートのレベルを分類するための信頼できる有効なツールであり、「非機能的歩行」(0)から、「平地や階段や傾斜などの平らでない面でも自立して歩行できる」(5)までの6つのレベルで構成されています。本研究では、FACスコアを0(介助歩行、FAC<4)1(自立歩行、FAC≥4)に二分しました。

独立変数

予測モデルの開発には19個の変数を用いました:

性別、年齢、BMI、社会的支援、併存症(Cumulative Illness Rating Scale)脳卒中の半球、脳卒中発症から最初の評価までの日数、脳卒中の種類(バンフォード分類)、尿失禁(Barthel Index)、坐位バランス(体幹コントロールテスト項目3 [TCT-s]30秒間支持なしで座れる)、麻痺側上肢筋力(Motricity Index)、麻痺側下肢筋力(Motricity Index)、上肢の共同運動(Fugl-Meyer)、下肢の共同運動(Fugl-Meyer)5つの神経機能:発症時の意識(NIHSS1A)、消去現象と注意障害(NIHSS11)、半盲(NIHSS3)共同偏視(NIHSS2)、感覚障害(NIHSS8)

 

 

データ分析

ベースラインと6か月後の評価を受けた被験者のみを統計分析に含めました。ベースラインの人口統計、脳卒中の特徴、脳卒中によって引き起こされた障害の重症度を記録しました。決定因子は、臨床的根拠に基づいて01の値をとるものが好ましいです。そうでない項目の最適なカットオフポイントは、ROC曲線の特性分析を適用することによって決定しました。各カットオフスコアの感度/(1-特異度)AUCを使用して、最適な二分法を推定し個々の変数ごとに推定しました。5日目または9日目に欠損値があった場合、最後の値を繰り越しました。

その後、2変数ロジスティック回帰分析を用いて、各変数の95%信頼区間(95CI)でオッズ比(OR)を計算し、6か月時点でのFACスコアに関連する統計的に有意な決定要因を特定しました。脱落バイアスを防止するために、p≤0.10のリベラルな有意水準を持つ要因をさらなる分析のために選択しました。相関係数0.70以上の場合、さらに多変量解析を行うために決定要因の1つを選択しました。

候補となった要因を、順方向の多変数ロジスティック回帰分析に使用しました。脳卒中6か月に自立した歩行を予測する確率は、次の方程式に含まれる定数と回帰係数を使用して、多変数モデルから計算しました。

P = 1/(1 + (exp[−(β0 + β1X1 + β2X2 + β3X3 + . . . + βnXn)]))

最後に、感度、特異度、陽性予測値(PPV)と陰性予測値(NPV)を計算するために、2分割表を使用しました。統計はSPSSバージョン15を使用して実行されました。

結果

20072月から200911月の間に221人の患者が参加しました。35人の患者は、死亡(N=21)、離脱(N=3)脳卒中再発(N=5)、転院・その他(N=2)の理由により、フォローアップに失敗しました。別の32人は、72時間以内に歩行自立を達成したため分析から除外しました。したがって、合計154人の患者を分析の対象としました。患者の人口統計と関連する脳卒中の特徴を表1に示します。脳卒中6か月で、122人の患者(79)が自立して歩くことができました(FAC≥4)

独立変数と従属変数間の関連

2は、脳卒中発症後72時間以内の評価に関する2変数ロジスティック回帰分析によって決定された、6か月の自立歩行のORとその95CIを示しています。19の候補変数のうち、15脳卒中6か月の自立歩行の回復に有意に関連していました。共線性診断により、MIの下肢スコアとFMの下肢スコアの間に高いレベルの関連性があることが明らかになりました(r=0.81p=0.01)MI上肢スコアはFM上肢スコアと強く関連していました(r=0.84p=0.01)。臨床的利便性からMIスコアの方を回帰モデリングに選択しました。

1. 脳卒中72時間以内に測定された患者の特徴

Abbreviations: SD, standard deviation; BMI, body mass index; rTPA, recombinant tissue plasminogen activator; LACI, lacunar infarcts; PACI, partial anterior circulation infarcts; TACI, total anterior circulation infarcts; MI, Motricity Index; FM, Fugl-Meyer test; TCT, Trunk Control Test; BBS, Berg Balance Scale; FAC, Functional Ambulation Categories; BI, Barthel Index. 

aMissing value(s).
bCumulative Illness Rating Scale (yes > 0, no = 0). cMedian values (interquartile ranges).
dYes ≤ 1, no = 2. 

2. 二変数ロジスティック回帰分析によって同定された脳卒中6ヶ月目の自立歩行に関連した72時間以内に評価された機能障害や能力障害(N=154) 

Abbreviations: CI, confidence interval; BMI, body mass index; TACI, total anterior circulation infarcts; PACI, partial anterior circulation infarcts; LACI, lacunar infarcts; BI, Barthel Index; TCT-s, Trunk Control Test sitting balance; MI leg, Motricity Index lower extremity; MI arm, Motricity Index upper extremity; FM leg, Fugl-Meyer test lower extremity; FM arm, Fugl-Meyer test upper extremity.
aCutoff points are based on clinical grounds.

bCutoff points are based on analysis of receiver–operating characteristic curves. cCumulative Illness Rating Scale (yes > 0; no = 0).
dItem of the National Institutes of Health Stroke Scale. 

3. 脳卒中6ヶ月で歩行自立を達成する確率(N=154)

Abbreviations: FAC, Functional Ambulation Categories; TCT-s, Trunk Control Test sitting balance; MI leg, Motricity Index, lower extremity.

多変数モデリング 

3は、予測モデルに含まれる変数と、脳卒中6か月の自立歩行を達成する確率を示しています。多変量回帰分析で15の重要な候補決定要因すべてを同時にテストすると、TCT座位バランスとMI下肢スコアという2つの重要な変数を含む最終モデルが得られました。回帰係数と定数に基づいて、72時間以内に、患者の最大TCT-sスコアが25(つまり30秒間の座位が自立)MI下肢スコアが25以上(股関節屈曲、膝関節伸展、足関節背屈の3つの項目すべてで目に見える収縮がある、または、1つの項目で弱いながらも抵抗に抗して動く)の場合、自立歩行が達成される最大確率は98%と推定されました。72時間以内にこのレベルに達しなかった患者では27%でした。これらの確率の時間依存性の分析によると、前者では、確率が5日目と9日目でほぼ同じままであったのに対し、後者では、自立歩行を達成する確率が5日目には23%9日目には10%まで減少しました。

感度は2日目の0.93(95CI = 0.86-0.96)から9日目の0.94(95CI = 0.87-0.97)の範囲で、特異度は5日目0.63(95CI = 0.43- 0.78)から9日目の0.83(95CI = 0.64-0.93)でした。PPV2日目の0.93(95CI = 0.85-0.96)から9日目には0.96(95CI = 0.90-0.98)に変化しました。NPV5日目の0.63(95CI = 0.57-0.82)から9日目の0.75(95CI = 0.56-0.88)に変化しました。

考察

我々の知る限りでは、これは歩行不能脳卒中患者を発症後72時間以内の評価で自立歩行を予測する精度を前向きに調査した最初の研究です。本研究は、72時間以内の正確な予測が、2つの簡単なベッドサイドテスト(座位バランスと麻痺した脚の筋力)によって病院の脳卒中ユニットで達成できることを示しました。脳卒中後の最初の72時間以内に坐位バランスを取り戻し、股関節、膝、足関節の自発的な動きを発達させた患者は6か月以内に独立した歩行を取り戻す確率が98%であることがわかりました。対照的に、72時間以内に30秒間自立して座ることができず、麻痺した下肢の筋を収縮できなかった患者は、自立した歩行を達成する確率が約27%でした。5日目と9日目の座っているバランスと下肢の筋力の早期の再評価は、座っている能力と下肢の筋力が回復しなかった場合、独立歩行を回復する確率が5日目で23%、9日目には10%に低下したことを示しました。

この結果は、脳卒中後の自立歩行の有用な予測を可能にし、臨床医が脳卒中ユニットからの退院指針を改善し、脳卒中後のクリニカルパスにおけるケアプロセスの標準化をサポートするために重要です。脳卒中後の転帰の早期予測に関するこれらの所見は、病院の脳卒中病棟での滞在期間の短縮に利用でき、リハビリテーションの介入の調整に役立つ可能性があります。

72時間以内の予測の正確さを調査する研究がないため、私たちの調査結果を他の調査結果と比較することは困難です。ただし、多くの前向き研究では、脳卒中24週間目に測定した麻痺側下肢の筋力と座位バランスが、歩行能力の改善と6か月目の自立歩行の達成に有意に関連していることが示されています。明らかに、立位バランスと歩行を回復するための前提条件としての坐位バランスの早期獲得は、6か月後の最終結果の重要な要素と言えます。歩行のバランス制御の重要性は、コーレンらによる研究によってもサポートされています。彼らはFACで測定された歩行パフォーマンスの改善に関連する最も重要な変数は立位バランスの改善であることを示しました。

2日以内の評価による、偽陽性の割合(≈7)偽陰性の割合(≈27)よりも明らかに小さかったため、本研究でのモデルはやや悲観的であり、最初は坐位が不良で下肢の麻痺が重度な一部の患者も、自立した歩行を取り戻す可能性があります。時間の経過とともに予測の精度が高まることは、脳卒中後の機能乖離(diaschisis)など、根本的な内因性神経メカニズムを反映している可能性があります。このメカニズムは今回検証した時間枠内には完了しているため、本モデルの2つの変数に基づく予測の精度は、これ以上に向上させることは事実上不可能です。たとえば、私たちのモデルでは、代償手段を使用する患者の能力の有無を考慮に入れていません。これは、歩行回復が代償手段の使用を学習することと密接に関連していることを示す最近縦断的に行われた多くの研究によって裏付けられています。たとえば、患者は重心を非麻痺側にシフトすることでバランスを保つことを学びますが、麻痺側の運動制御能力に大きな変化はほとんどありません。明らかに患者は既存の神経障害に対処することを学ぶことで歩行機能を回復させています。

今後の研究では、病院の脳卒中ユニットでの臨床評価の最適なタイミングを調査するだけでなく、脳卒中初期の回復過程に関する知見得る必要があります。そのためには、コホート研究は集中的な反復測定デザインを使用する必要があります。これにより、臨床医は、協調性や代償手段の獲得と歩行能力改善との関連についての理解が深まります。さらには、運動学的および筋電図測定などを含めることがより好ましいです。同時に、fMRIなどの神経画像技術を追加して、歩行の回復に伴う神経生理学的メカニズムに関する知識を増やす必要があります。

本研究における制限は、初発の前方循環脳卒中に制限したこと、交絡因子に関する検証がなされていないことなどがあります。さらに、抑うつや不安などのいくつかの認知的および精神的障害が回復に及ぼす影響は、自立歩行に悪影響を与える可能性がありますが、本研究では扱われていません。最後に、歩行機能の回復は主に脳卒中6か月以内に生じますが、患者の約10%は、6か月後も依然として重要な機能変化を示しています。したがって、最初の6か月以内に歩行できない患者でも、その後も歩けないままであるとは限りません。

結論として、「座位バランス」と「麻痺側下肢の強さ」の2つの簡単なテストは、両方のテストで陽性の患者の6か月後の歩行能力の回復を脳卒中2日以内に早期かつ正確に予測します。予後不良の患者は、予測の精度を向上させるために、9日目にこれら2つのテストで再評価する必要があります。

No. 166 大腿切断:ソケットデザイン

義足のソケットは残存肢と義足とつなぐためのプラットフォームとして機能します。皮膚とソケットが直接接触する場合もありますが、多くは皮膚とソケットの間にライナーなどがインターフェースとして用いられます。ソケット自身にもサスペンション機構があるものもありますが、多くの場合は別にサスペンション機能を担う部品が追加されます。義足が理想的に機能するためには、ソケットが快適で安全で、残存肢から義足へと運動を容易に伝達する必要があります。

最近のソケットは、硬性の外部フレームと柔軟な内部のライナーで構成されたものがが主流で、このデザインは骨への負担を軽減し筋収縮を促すように設計されています。

 

四辺形ソケット

このタイプのソケットは今日では滅多に使われません。名前からわかるように、このソケットは横方向に長い長方形の形をしています。スカルパ三角から後方へ向かう力が働き坐骨結節がソケット壁の上にのり、おもにそこで体重を支えます。ソケットの下2/3は一般的な残存肢の形状でデザインされており、筋肉の輪郭にほとんど沿っていない状態で接触しています。この遠位部分の荷重機能はわずかしかありません。

 

坐骨収納型ソケット

坐骨収納型ソケットは大腿切断で最も用いられるソケットデザインです。坐骨結節がトリムラインの内側に含まれています。大腿骨の外側と恥骨枝、そして坐骨結節をソケットのなかに収めることで、大腿骨の過度の外転を予防し、立脚期での側方安定性を改善します。これは、残存肢が短い人や股関節外転筋が弱い人に最適です。このソケットは、四辺形ソケットと比べて、遠位2/3も筋肉の輪郭に沿ってデザインされています。

 

坐骨下ソケット

3番目のソケットデザインは坐骨下ソケット(subischial socket)です。このソケットのトリムラインは坐骨結節よりも下にあり、荷重を完全に筋組織に依存しています。このソケットは通常、強い吸着ソケットであるため、装着により注意が必要になります。

 

pastedGraphic.png

No. 165 大腿切断:義足処方の概要

義足の処方には、必須の要素が確実に含まれるように、系統的なアプローチを行う必要があります。例えば大腿義足に必要な要素には以下のものが含まれます:

    • ソケット
    • インターフェース(シリコンライナーなど)
    • 懸垂装置
    • フレーム
    • 足部と足継手
    • 膝継手
    • その他(回転盤やカバーなど)

患者の機能分類(No.163を参照)を決定することは、どのような義足を処方するか、大まかな方針を決定するうえで重要です。しかし、個々の患者の特性とどのような機能的ゴールを目指すのかについても考慮する必要があります。

それぞれの部品は具体的な製品名を指定するのではなく、患者の目標を達成するために最適な部品のクラスを決定するようにします。インターフェースや懸垂装置の選定においては残存肢の皮膚の状態を考慮する必要があります。義足の着脱について検討する際には、手の機能や視力、認知機能について考慮する必要があります。また患者の体重によっては使用できる部品が制限されてしまいます。最終的には義足の耐久性や信頼性、見た目、そしてコストなどを考慮して義足処方は行われます。

処方の決定は、医師、義肢装具士、セラピスト、そして最も重要なメンバーである患者自身を含めたチームで行われなければなりません。患者とその家族に、義足の各部品についてきちんと説明し、どの様な選択肢があるのか、それぞれの選択肢の利点と欠点は何かについて理解した上で、目標にあった選択できるように教育できれば理想的な義足処方ができます。

No. 164 新型コロナウィルス感染症に備える

以下の論文の(ほぼ)全訳です。

How Should the Rehabilitation Community Prepare for 2019-nCoV?

Gerald Choon-Huat Koh, PhD, Helen Hoenig, MD 

https://doi.org/10.1016/j.apmr.2020.03.003 

ARCHIVES OF PHYSICAL MEDICINE AND REHABILITATION 


2019-nCoV
パンデミックが世界中で急速に広まっています。リハビリテーションの領域でもこの状況へ対処する必要があります。本格的な流行の渦中に置かれる前に、私たちができること、すべきことを理解することが急務です。2019-nCoVは新しいウイルスであるため、世界の人口の大多数に免疫力がありません。季節性インフルエンザよりも感染性があり、致命的であり、根本的な治療とワクチンの開発には早くても数か月はかかります。それに対する私たちの武器は、現時点では人混みを避けることと感染対策です。

 

はじめに

201912月下旬、中国の湖北省武漢から2019-nCoVコロナウイルスが出現しました。2019-nCoVは系統的には2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS-CoV)や2012年の中東呼吸器症候群(MERS-CoV)と系統的に類似していますが、再生産数や致死率や症状は季節性インフルエンザウイルスに似ています。しかし2019-nCoVは季節性インフルエンザよりも2倍高い致死率を持っているようです(表1)。

 

1. SARSMERS、季節性インフルエンザと2019-nCoVの比較

 

SARS

MERS

季節性インフルエンザ

2019-nCoV §

基本再生産数*

2-5

0.3-0.8

1.3-1.8

1.4-3.8

 

致死率(%)

35

9

0.1

武漢以外:0.2(武漢を含むと3.8)

症候性の場合発熱前に感染力があるか?

ない

あり

あり

あり

総症例数

200人超

8000人超

500万~2000/

10万人から増加中

* 基本再生産数は1症例から直接生じる症例の数のことで感染力を表す尺度

致死率はある期間にその疾患に罹患した人の総数に対するその疾患による死亡率のことで疾患の重症度の尺度

§ COVID-19のデータは今後変動する可能性あり

 

2019-nCoVの疫学
WHO
と中国の合同ミッションで、中国および全世界の25人の専門家が中国での発生を調査し、COVID-19(WHO2019-nCoV命名)について、感染の主な経路は接触と飛沫(エアロゾルではない)であることを発見しました。また武漢での発生の初期段階で医療従事者が2千人以上感染しましたが、そのほとんどは、自宅や、病院で感染対策がまだ講じられていない時に患者との接触から感染したことがわかりました。無症候性の感染はまれでした。検査室で確認された患者の80%は軽度から中等度の疾患で、13.8%は重度(呼吸困難、頻呼吸、酸素飽和度の低下、胸部X線浸潤影が2448時間以内に肺野の50%以上)、6.1%が重症(呼吸不全、敗血症性ショック、多臓器不全)でした。2019-nCoV患者の20%は酸素投与が必要で、その4分の1は人工呼吸器を必要としていました。死亡率は年齢とともに増加し80歳以上で最も死亡率が高くなっていました(致死率 21.9%)。併存疾患がない患者の致死率が1.4%であるのに対して、心血管疾患者の致死率は13.2%、糖尿病は9.2%、高血圧は8.4%、慢性呼吸器疾患は8.0%、癌は7.6%でした。子供の感染は比較的まれで軽度のようです。
湖北省での大規模なアウトブレイクは、中国が積極的な公衆衛生対策を行うことで制圧されました。症例を迅速に検出するための監視や、迅速な診断と隔離、濃厚接触者の厳密な追跡と検疫、そしてこれらの対策についての国民への理解と受容を促すことなどを実施しました。世界は、そのような対策を実施する心構えとリソースの準備ができているでしょうか?

 

2019-nCoVの診断
2019-nCoV
同定する方法は主に3つありそれぞれ診断的価値が異なります。積極的なウイルスの同定には2019-nCoVの一本鎖RNART-PCR検査が有用です。テストの所要時間は36時間と短いですが、RT-PCRには専用のマシン、テストキット、専門知識が必要なので、簡単に利用したりアクセスしたりすることはできません。したがって輸送時間も考慮する必要があります。2019-nCoVの感染が拡大している状態で肺炎の症状と徴候が存在し標本採取による感染リスクが高すぎる(個人用保護具PPEの不足など)場合には、CTによるすりガラス陰影や浸潤影の存在が役に立つかもしれません。過去の感染を調べるために、血清学的検査が利用可能になりましたが偽陽性偽陰性の割合はまだ不明です。

 

2019-nCoV患者のマネジメント
2019-nCoV
の治療は自然治癒するまでの対症療法です。集中治療が必要になった重症患者で、特にサイトカインストームを生じている患者に対して、抗ウイルス薬、抗炎症薬およびモノクローナル抗体の効果の研究が進行中です。ワクチン開発もすすめられていますが、専門家は開発中のワクチンのいずれかが2019-nCoVに役立つかどうかわかるまでに6か月かかり、人間に使用できるようになるまでには少なくとも1年かかると予測しています。

2019-nCoV
アウトブレイク下でのリハビリテーション

スタッフと患者の両方に対して次の予防策を採用する必要があります。予防策には、正しい手洗いのしかたの指導、インフルエンザのような症状がある場合は家にいる、具合が悪い場合は、医療の助けを求め、外を歩くときはマスクを着用する、などの基本的な対策の徹底が重要です。

誤った情報や誤解はパニックや非合理的な行動を引き起こす可能性があるため、CDCWHOのような信頼できる情報源から最新の2019-nCoVの状況についての情報を得る必要があります。チームの分割や移動制限と在宅勤務などの対策による事業の継続性計画や、学校閉鎖や遠隔学習、旅行の制限、ビデオ会議の利用の拡大、eコマース、テレコミュニケーション、遠隔医療、大規模なイベントの縮小などの人混みを避ける手段が求められます。

患者の課題
リハ中の患者が陽性症例との接触などで隔離する必要が生じたり、2019-nCoVに患者自身が罹患した場合は、患者の体調に注意しつつ、医療スタッフを保護しながらリハを提供する方法を構築することができるかが問題です。実践的には、最後に処方された内容で、自宅で運動を継続して、外来受診でフォローする方法が考えられますが、受診前の発熱やインフルエンザ様症状などをスクリーニングするなど、感染対策の強化が必要です。脳卒中後の遠隔リハビリテーション介入に関する系統的レビューでは、従来の個別療法と比較して、運動障害、高次脳機能および気分障害に対する効果は、同等かより有益であることが示されています。しかし、脳卒中以外の遠隔リハの有効性に関する研究は不十分です。しかし、アウトブレイクのような状況では、遠隔リハビリテーションには、医療従事者がウイルスにさらされるリスクなしに遠隔でリハビリテーションを継続できるという利点があります。


糖尿病は免疫不全を引き起こす疾患であり、2019-nCoV重篤化と死亡のリスクを高めます。糖尿病はまた、心血管疾患や脳卒中などのリハを必要とする疾患の危険因子でもあり、それらのリハを必要とする疾患自体も死亡リスクを高めます。慢性呼吸器疾患や癌などのリハを必要とする他の疾患も2019-nCoVによる死亡リスクを高めます。したがって、リハを必要とする患者は2019-nCoV感染による重篤化や死亡のリスクが高い人がほとんどです。遠隔リハビリテーションの指導を受けながら自宅でリハを行うことができる人はこの方法を第一選択にすべきです。入院でのリハビリテーションを必要とする残りの人には、元気な人とそうでない人を厳格に分けるために、発熱とインフルエンザ様症状をモニタリングし、患者間のウィルスの伝播を防ぐための手洗いなどの厳格な感染対策を行うことが推奨されます。症状のある患者は、元気な患者とは離して2019-nCoVの検査を実施し、陽性の場合は隔離して治療する必要があります。病院の管理者は、適切なPPEと訓練を受けたスタッフがいる隔離室を準備する必要があります。

 

医療従事者の課題
地域で感染が広がった場合、最前線の医療従事者は個人用保護具(PPE:マスク、手袋、ガウンなど)を着用する必要があります。PPE保護のレベルは、病院のプロトコルに従って感染リスクに対して調整する必要があります。病院管理者は、感染者の急激な増加を考慮して、数か月間分の十分なPPEを調達する必要があります。スタッフはPPEの着用および取り外し手順とマスクのフィッティングについてトレーニングする必要があります。
もう1つの懸念は、リハビリ機器を介した、スタッフや患者と環境表面との接触に関するものです。コロナウイルスの環境での持続性は、周囲の温度と湿度、表面の種類、ウイルス量によって異なります。コロナウイルスは、通常の室温および湿度で最大9日間、無生物の表面に存続しますが、6271エタノール0.5過酸化水素または0.1次亜塩素酸ナトリウムによる表面消毒により、1分以内に効率的に不活化できます。リハに特化した感染管理に関するエビデンスは限られていますが、電極スポンジ、ホットパックユニット用の水、局所ローション、セラピーボールなどのリハビリ機器で、細菌汚染の持続が示されています。したがって、現場の感染対策専門家と相談し、利用可能な消毒剤を考慮して、そのような環境表面の感染対策にも注意を払う必要があります。

 

業務上のリスク
PPE
の着用、特に呼吸が苦しくなるN95マスクは医療従事者にとって不快です。N95マスクを含む高レベルのPPE保護を必要とする業務に慢性呼吸器疾患のある医療従事者を配置することは賢明ではありません。頻繁な手洗や、手袋のアレルギーによってい、かゆみを伴う手湿疹を引き起こすと、スタッフの作業能力に影響を与えます。皮膚軟化剤およびステロイドクリームは、刺激性およびアレルギー性湿疹を軽減できます。言語・嚥下療法や呼吸理学療法などのリハビリテーションスタッフは、密接に接触し、なおかつ患者の飛沫に直接さらされているためリスクが高くなります。したがって、高レベルのPPEを着用する必要があります。

 

事業を継続するための計画
事業継続計画は、一部の労働者が隔離の必要がでたり、もっと悪いことに感染者が発症した際に、労働力が機能し続けることを可能にする組織戦略です。これには通常、チームの分割、移動制限、在宅勤務などが含まれます。事務スタッフと遠隔リハビリテーションを除けば、現場で実施する必要があるため、リハビリテーション医療従事者が自宅で仕事をすることは現実的ではありません。したがって、チームの分割や移動制限などの戦略がリハビリテーションではより適切です。チームの分割とは、労働力を(通常は2つの)サブチームに完全に物理的に分割することです。各サブチームには、1つのサブチームが作業できなくなった場合に、その機能のほとんどを継続するために必要なスキルが備わっています。もうひとつの戦略である移動制限は原則として、サブチームのすべてのスタッフが他のサブチームのスタッフと物理的に接触しないように移動を制限して、相互感染のリスクを最小限に抑える方法です。

その他、見逃されがちな問題として、幼い子供のいる医療従事者の問題があります。学校や保育園・幼稚園が閉鎖すると、両親が両方とも働いている場合、医療従事者は子供の面倒をみるために家にいなければならなくなります。医療従事者はまた、感染してしまって無症候の時期に、愛する人に感染させることを恐れて、仕事の後で家に帰ることを恐れるかもしれません。病院管理者はスタッフの代替の育児と一時的な部屋の手配も検討する必要があります。

 

スタッフとのコミュニケーション
誰もが2019-nCoVについて最新の情報を得ることが重要であるのと同様に、病院管理にとって2019-nCoVの対策と状況についてスタッフが定期的かつタイムリーに情報を更新することが特に重要です。スタッフと管理者は、いつでもコミュニケーションすることができ、情報が双方向に流れていることを確認する必要があります。また、スタッフは通達を注意深く読み、必要に応じて説明を求める必要があります。

大腿義足処方の考え方

大腿義足処方の考え方

 

大腿義足の処方は、患者の現在の機能と、将来獲得すると予想される機能と義足の使用目的あわせて行います。下腿義足との一番の違いは膝継手があることです。膝継手によって安全性と安定性が異なってきます。大腿義足を使用した歩行はエネルギー消費が大きくなることや、義足の着脱の難しさ、義足を装着した状態での座り心地なども配慮します。

 

メディケア・メディケイドサービスセンター(CMS)は、切断患者の機能的分類システムを公開しており、患者の能力に基づいて義足処方ができるようになっています。

このガイドラインでは、移動能力を5つのカテゴリに分類し、義足の部品に関する推奨事項を提供しています。切断患者の移動能力のカテゴリーの決定は、できる限り客観的な臨床所見に基づくべきですが、義足を処方する医師やチームによる臨床的判断による予測でもかまいません。カテゴリーを決定する際には、義足を使用する能力に影響を与える併存疾患も考慮する必要があります。患者の義足使用の目標や希望は処方の際には考慮される必要があり、もし患者の目標が現実的でない場合、この点に関する教育が必要になります。義足処方の最終決定は、理想的には、医師、義肢装具士、セラピスト、および患者を含むチームでの決定であるべきです。

 

機能分類

定義

推奨される義足の部品

K0

義足を使用した移動または移乗をする能力は見込めない、義足は生活の質を向上させない

機能のない装飾用の義足

K1

義足を使用して屋内や平坦な地面を一定の歩調で歩くことができる

足部:SACH、単軸

膝:マニュアルロック、荷重作動型立脚相制御

K2

義足を使用して、一定の歩調で短い距離の屋外歩行ができ多少の段差は乗り越えられる

足部:多軸型やフレキシブルキール

膝: 荷重作動型立脚相制御

K3

義足を使用して、歩調も変化させて、屋外をいくらでも歩くことができ、バリアフリーでなくても大丈夫

足部:多軸型、エネルギー蓄積型

膝:油圧・空圧式、マイクロプロセッサ制御

K4

義足を使用して、通常の歩行よりも高い衝撃やストレス、エネルギーがかかる活動ができる

足部:エネルギー蓄積型や特殊なもの

膝: 制限なし

 

機能レベル1 (K1)

この機能レベルの患者のゴールは、平面での屋内歩行や移乗動作の自立です。義足作成での最優先事項は安全でかつ義足を容易に扱えることです。立脚期での膝関節は膝折れしない安定したものか、もしくは完全に伸展位でロックされるものが推奨されます。膝継手は安全膝かマニュアルロック式のものが適しています。足部は踵の柔らかいSACHや単軸継手のものを選択して膝の安定性が増すようにします。これらの足部は、膝関節の回転軸の前を床反力が通過することで膝継手に伸展モーメントを生じさせて膝を安定させます。ソケットは坐骨収納型が四辺形型で、柔らかいライナーを用い、座り心地を考慮してソケット後部の辺縁は切り欠きを加えます。ソケットの素材はラミネートかプラスティックです。サスペンションにはピンロックかストラップ式のゲルライナーを用います。それでも不安定な場合はさらに骨盤ベルトによるサスペンションを加えます。

 

機能レベル2 (K2)

この機能レベルに該当する患者は、立脚期の安定性に加えて遊脚期の動きを補助する膝継手を使用することで、より長い距離をきれいな歩容で歩くことができます。例えば、安全膝や多軸膝継手が良い適応です。K2レベルでもより機能の高い患者では、コンピュータ制御の膝継手が使いこなせるかもしれません。この機能レベルの患者では歩行スピードを変化させて歩く能力はないため、油圧式や空圧式の膝継手は適していません。パーツのアライメントは調節可能なものが良いです。足部は多軸式やフレキシブルキール式のものが不整地にも対応できるためおすすめです。

 

機能レベル3 (K3)

この機能レベルの患者は屋外を速度を変えて歩くことができます。ソケットは坐骨収納型か坐骨下型が適しています。柔らかいライナーを用いて、座り心地を考慮して後方の辺縁は切り欠きを加えます。これまでのサスペンション方式に加えて、吸着式ソケットも選択肢に入ります。安全性・安定性が重要なのは当然ですが、このレベルになるとさらに上の機能も必要です。膝継手は油圧式か空圧式の遊脚期制御機能つきにして、さまざまな歩行速度に対応できるようにします。多軸膝継手やコンピュータ制御式膝継手であれば安定した立脚期と自然で対称的な歩行パターンを提供してくれます。階段や上り坂を頻繁に利用するのであれば電源内蔵型の膝継手も適応になります。足部は多軸足部やエネルギー蓄積型足部を検討します。

 

機能レベル4 (K4)

このレベルの患者では義足を用いて自然な屋外歩行が可能です。また日常生活動作で義足を用いることに加えて、特定の運動やレクリエーションでも義足を活用します。運動やレクリエーションの頻度と強度が大きい場合は日常用とは別に特殊な義足が必要になるかもしれません。特殊な義足までは必要ない場合では、複数の目的に対応可能な部品を使った義足を作ることで対応します。もしくは一部の部品を交換して対応できるように簡易着脱式の装置を用いることもできます。様々な活動、たとえばランニングやスキューバダイビングに対応した義足パーツがあります。ソケットの適合とサスペンションは特に重要です。また義足を使用する環境についても考慮する必要があります。一般的にはできるだけ単純な構造で耐久性があるものが良いですが、一部のコンピュータ制御式の膝継手は防水性があり様々な環境下でも利用可能なものがあります。一番の課題は、これらの義足の購入資金を調達することです。

 

No. 162 大腿切断:義足のトレーニングでの注意事項

筋トレやROMex、持久力訓練のほかに、義足を用いたトレーニングとして、支持基底面内に重心を保つ練習や、義足を装着して立ってバランスをとる練習、ステップ動作練習などを行います。

 

また、義足の使用開始時にはソックスの使用方法について習熟する必要があります。残存肢のサイズは変化するため、ソックスの枚数を調整する必要があります。義足用のソックスは通常は、1層、3層、5層、6層のものがあります。残存肢の体積に影響を及ぼす要因には、腎不全や透析、筋萎縮、体重の増減、うっ血性心不全などの疾病によるものがあります。義足を装着して生活すると、ポンプ作用が働き残存肢のサイズは小さくなります。切断後3~12ヶ月は、シュリンカーを常時つけていないと残存肢は膨張してしまいます。15層以上のソックスが必要になった場合は、ソケットの変更が必要です。残存肢のサイズが8~12週間かわらずに安定したら、最終的な義足のフィッティングの時期です。その時期は通常、術後6~18ヶ月後に該当します。

 

患者が義足の付け外しをしているところを注意深く観察すると、ソケットの適合性についての貴重な情報が得られます。ピンロック機構のある義足の場合は、クリック音の数が適合を判断する手がかりになります。クリック数が少ない場合は、ソケットに完全に入っていない可能性があります。またクリックのスピードが早い場合は、残存肢が縮んでいると考えられるためソックスを追加する必要があるかもしれません。義足をあまりに簡単に装着できる場合も、ソックスを追加した方が良いかもしれません。残存肢の発赤の有無も適合の手がかりになります。残存肢の断端に発赤や痛みがある場合は、ソックスを追加する必要があります。義足歩行後に、発赤が生じ数分経過しても消失しない場合は、ソケットの調整が必要です。ソックスはしわができないように着用する必要があります。しわがあると、皮膚トラブルを引き起こす圧力が生じるため指先でしわを伸ばします。ソックスの数が多すぎたり少なすぎると、ソケットに残存肢が正しく装着できなくなる可能性があります。患者自身がソックス管理の重要性を理解しないことには義足の着脱の指導はできません。

 

シリコンライナーを使用する場合は、取り扱いに注意する必要があります。装着するときはライナーをまず裏返して残存肢の遠位端をあてて、空気が入らないように上に丸上げて装着します。残存肢の遠位端とライナーの間に空気があると吸引力が生じて皮膚へ影響を及ぼす可能性があります。ライナーは1日の終わりには石鹸と水で洗う必要があります。乾燥するときは、布の面(おもて側)を外にして干します。裏側の皮膚に接する面をおもてにして乾燥すると、ほこりや髪の毛などが粘着性のある面に付着し皮膚トラブルの原因になります。ライナーの内側に希釈された消毒用アルコールを週に1、2回スプレーすると、ライナー表面の細菌の蓄積が減少し感染を防ぐことができます。

 

正しい装具装着方法を習得したら、歩行前のトレーニングに入ります。歩行前のトレーニングにはバランス練習や筋力増強、体重移動練習、歩行サイクルの一部を取り出して行う練習などが含まれます。初期のトレーニングには、静的な体重負荷、動的な体重移動エクササイズ、リーチ動作、あらゆる方向への繰り返しのステップ動作、歩行異常の有無の評価と修正、および立ち座り動作などエクササイズが含まれます。タップアップ(段差昇降)は、義足への体重移動と体重負荷の技術と自信を生み出すよい練習のひとつです。平行棒内で、歩行サイクルのさまざまな部分を学習します。最初の練習として、義足で踵接地からつま先離地までのパターンを学習します。この運動は膝継手をコントロールする学習兼ねています。最終的には、患者の能力に応じて安全に考慮しつつさまざまな地形での歩行練習に進みます。

No. 161 大腿切断:義足装着前段階のリハビリテーション

切断術のあとから実施すべき事には、創傷のケアと治癒、痛みの管理、浮腫の抑制、筋力増強とROM運動の開始、残存肢と義足についての教育、心理カウンセリングなどがあります。

 

残存肢の浮腫制御の方法には、ソフトドレッシング、弾力包帯、セミリジッドドレッシング、リジッドドレッシング、着脱式リジッドドレッシング、石膏ギプス、義足の術後即時装着、などがあり、いずれの方法も浮腫を制御できるだけでなく、痛みを軽減し外傷から残存肢と手術部位を保護することができます。どの方法を選択するかは、外科医の好みやスタッフがどの方法に精通しているかなどの要因によって決まります。これらの方法の有効性を調べる研究では、セミリジッドや着脱式セミリジッドのドレッシングが、弾力包帯などよりも浮腫抑制に大きな効果があると結論付けていますが、差があるのは最初の数週間のみで、その後はどの方法でも大差ありません。また、浮腫の制御にくわえて、残存肢の形つくりも重要です。大腿切断の場合は円錐形が理想的です。残存肢の定期的な円周測定を行って、体積を評価しフィッティングの準備ができているかどうかを判断します。

 

患者にベッド上や車椅子上での正しい姿勢について教育することで股関節の屈曲拘縮を予防します。ROMは定期的にゴニオメーターでチェックすべきです。股関節屈曲拘縮の有無はトーマステストで評価できます。残存肢の股関節屈曲拘縮は義足の装着を難しくする可能性があり、股関節屈曲拘縮が15度を超えると、義足装着が困難になります。

 

切断術後しばらくは車椅子が移動手段になることが多いですが、下肢を失ったことで、重心の位置が後方に変化するため、後輪の車軸も後方に移動して安定化させることが必要かもしれません。片足でのバランスがよい人では松葉杖や歩行器での歩行も可能です。ただし、義足なしでの歩行能力は、義足歩行訓練前に必須のことではありません。