No. 164 新型コロナウィルス感染症に備える

以下の論文の(ほぼ)全訳です。

How Should the Rehabilitation Community Prepare for 2019-nCoV?

Gerald Choon-Huat Koh, PhD, Helen Hoenig, MD 

https://doi.org/10.1016/j.apmr.2020.03.003 

ARCHIVES OF PHYSICAL MEDICINE AND REHABILITATION 


2019-nCoV
パンデミックが世界中で急速に広まっています。リハビリテーションの領域でもこの状況へ対処する必要があります。本格的な流行の渦中に置かれる前に、私たちができること、すべきことを理解することが急務です。2019-nCoVは新しいウイルスであるため、世界の人口の大多数に免疫力がありません。季節性インフルエンザよりも感染性があり、致命的であり、根本的な治療とワクチンの開発には早くても数か月はかかります。それに対する私たちの武器は、現時点では人混みを避けることと感染対策です。

 

はじめに

201912月下旬、中国の湖北省武漢から2019-nCoVコロナウイルスが出現しました。2019-nCoVは系統的には2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS-CoV)や2012年の中東呼吸器症候群(MERS-CoV)と系統的に類似していますが、再生産数や致死率や症状は季節性インフルエンザウイルスに似ています。しかし2019-nCoVは季節性インフルエンザよりも2倍高い致死率を持っているようです(表1)。

 

1. SARSMERS、季節性インフルエンザと2019-nCoVの比較

 

SARS

MERS

季節性インフルエンザ

2019-nCoV §

基本再生産数*

2-5

0.3-0.8

1.3-1.8

1.4-3.8

 

致死率(%)

35

9

0.1

武漢以外:0.2(武漢を含むと3.8)

症候性の場合発熱前に感染力があるか?

ない

あり

あり

あり

総症例数

200人超

8000人超

500万~2000/

10万人から増加中

* 基本再生産数は1症例から直接生じる症例の数のことで感染力を表す尺度

致死率はある期間にその疾患に罹患した人の総数に対するその疾患による死亡率のことで疾患の重症度の尺度

§ COVID-19のデータは今後変動する可能性あり

 

2019-nCoVの疫学
WHO
と中国の合同ミッションで、中国および全世界の25人の専門家が中国での発生を調査し、COVID-19(WHO2019-nCoV命名)について、感染の主な経路は接触と飛沫(エアロゾルではない)であることを発見しました。また武漢での発生の初期段階で医療従事者が2千人以上感染しましたが、そのほとんどは、自宅や、病院で感染対策がまだ講じられていない時に患者との接触から感染したことがわかりました。無症候性の感染はまれでした。検査室で確認された患者の80%は軽度から中等度の疾患で、13.8%は重度(呼吸困難、頻呼吸、酸素飽和度の低下、胸部X線浸潤影が2448時間以内に肺野の50%以上)、6.1%が重症(呼吸不全、敗血症性ショック、多臓器不全)でした。2019-nCoV患者の20%は酸素投与が必要で、その4分の1は人工呼吸器を必要としていました。死亡率は年齢とともに増加し80歳以上で最も死亡率が高くなっていました(致死率 21.9%)。併存疾患がない患者の致死率が1.4%であるのに対して、心血管疾患者の致死率は13.2%、糖尿病は9.2%、高血圧は8.4%、慢性呼吸器疾患は8.0%、癌は7.6%でした。子供の感染は比較的まれで軽度のようです。
湖北省での大規模なアウトブレイクは、中国が積極的な公衆衛生対策を行うことで制圧されました。症例を迅速に検出するための監視や、迅速な診断と隔離、濃厚接触者の厳密な追跡と検疫、そしてこれらの対策についての国民への理解と受容を促すことなどを実施しました。世界は、そのような対策を実施する心構えとリソースの準備ができているでしょうか?

 

2019-nCoVの診断
2019-nCoV
同定する方法は主に3つありそれぞれ診断的価値が異なります。積極的なウイルスの同定には2019-nCoVの一本鎖RNART-PCR検査が有用です。テストの所要時間は36時間と短いですが、RT-PCRには専用のマシン、テストキット、専門知識が必要なので、簡単に利用したりアクセスしたりすることはできません。したがって輸送時間も考慮する必要があります。2019-nCoVの感染が拡大している状態で肺炎の症状と徴候が存在し標本採取による感染リスクが高すぎる(個人用保護具PPEの不足など)場合には、CTによるすりガラス陰影や浸潤影の存在が役に立つかもしれません。過去の感染を調べるために、血清学的検査が利用可能になりましたが偽陽性偽陰性の割合はまだ不明です。

 

2019-nCoV患者のマネジメント
2019-nCoV
の治療は自然治癒するまでの対症療法です。集中治療が必要になった重症患者で、特にサイトカインストームを生じている患者に対して、抗ウイルス薬、抗炎症薬およびモノクローナル抗体の効果の研究が進行中です。ワクチン開発もすすめられていますが、専門家は開発中のワクチンのいずれかが2019-nCoVに役立つかどうかわかるまでに6か月かかり、人間に使用できるようになるまでには少なくとも1年かかると予測しています。

2019-nCoV
アウトブレイク下でのリハビリテーション

スタッフと患者の両方に対して次の予防策を採用する必要があります。予防策には、正しい手洗いのしかたの指導、インフルエンザのような症状がある場合は家にいる、具合が悪い場合は、医療の助けを求め、外を歩くときはマスクを着用する、などの基本的な対策の徹底が重要です。

誤った情報や誤解はパニックや非合理的な行動を引き起こす可能性があるため、CDCWHOのような信頼できる情報源から最新の2019-nCoVの状況についての情報を得る必要があります。チームの分割や移動制限と在宅勤務などの対策による事業の継続性計画や、学校閉鎖や遠隔学習、旅行の制限、ビデオ会議の利用の拡大、eコマース、テレコミュニケーション、遠隔医療、大規模なイベントの縮小などの人混みを避ける手段が求められます。

患者の課題
リハ中の患者が陽性症例との接触などで隔離する必要が生じたり、2019-nCoVに患者自身が罹患した場合は、患者の体調に注意しつつ、医療スタッフを保護しながらリハを提供する方法を構築することができるかが問題です。実践的には、最後に処方された内容で、自宅で運動を継続して、外来受診でフォローする方法が考えられますが、受診前の発熱やインフルエンザ様症状などをスクリーニングするなど、感染対策の強化が必要です。脳卒中後の遠隔リハビリテーション介入に関する系統的レビューでは、従来の個別療法と比較して、運動障害、高次脳機能および気分障害に対する効果は、同等かより有益であることが示されています。しかし、脳卒中以外の遠隔リハの有効性に関する研究は不十分です。しかし、アウトブレイクのような状況では、遠隔リハビリテーションには、医療従事者がウイルスにさらされるリスクなしに遠隔でリハビリテーションを継続できるという利点があります。


糖尿病は免疫不全を引き起こす疾患であり、2019-nCoV重篤化と死亡のリスクを高めます。糖尿病はまた、心血管疾患や脳卒中などのリハを必要とする疾患の危険因子でもあり、それらのリハを必要とする疾患自体も死亡リスクを高めます。慢性呼吸器疾患や癌などのリハを必要とする他の疾患も2019-nCoVによる死亡リスクを高めます。したがって、リハを必要とする患者は2019-nCoV感染による重篤化や死亡のリスクが高い人がほとんどです。遠隔リハビリテーションの指導を受けながら自宅でリハを行うことができる人はこの方法を第一選択にすべきです。入院でのリハビリテーションを必要とする残りの人には、元気な人とそうでない人を厳格に分けるために、発熱とインフルエンザ様症状をモニタリングし、患者間のウィルスの伝播を防ぐための手洗いなどの厳格な感染対策を行うことが推奨されます。症状のある患者は、元気な患者とは離して2019-nCoVの検査を実施し、陽性の場合は隔離して治療する必要があります。病院の管理者は、適切なPPEと訓練を受けたスタッフがいる隔離室を準備する必要があります。

 

医療従事者の課題
地域で感染が広がった場合、最前線の医療従事者は個人用保護具(PPE:マスク、手袋、ガウンなど)を着用する必要があります。PPE保護のレベルは、病院のプロトコルに従って感染リスクに対して調整する必要があります。病院管理者は、感染者の急激な増加を考慮して、数か月間分の十分なPPEを調達する必要があります。スタッフはPPEの着用および取り外し手順とマスクのフィッティングについてトレーニングする必要があります。
もう1つの懸念は、リハビリ機器を介した、スタッフや患者と環境表面との接触に関するものです。コロナウイルスの環境での持続性は、周囲の温度と湿度、表面の種類、ウイルス量によって異なります。コロナウイルスは、通常の室温および湿度で最大9日間、無生物の表面に存続しますが、6271エタノール0.5過酸化水素または0.1次亜塩素酸ナトリウムによる表面消毒により、1分以内に効率的に不活化できます。リハに特化した感染管理に関するエビデンスは限られていますが、電極スポンジ、ホットパックユニット用の水、局所ローション、セラピーボールなどのリハビリ機器で、細菌汚染の持続が示されています。したがって、現場の感染対策専門家と相談し、利用可能な消毒剤を考慮して、そのような環境表面の感染対策にも注意を払う必要があります。

 

業務上のリスク
PPE
の着用、特に呼吸が苦しくなるN95マスクは医療従事者にとって不快です。N95マスクを含む高レベルのPPE保護を必要とする業務に慢性呼吸器疾患のある医療従事者を配置することは賢明ではありません。頻繁な手洗や、手袋のアレルギーによってい、かゆみを伴う手湿疹を引き起こすと、スタッフの作業能力に影響を与えます。皮膚軟化剤およびステロイドクリームは、刺激性およびアレルギー性湿疹を軽減できます。言語・嚥下療法や呼吸理学療法などのリハビリテーションスタッフは、密接に接触し、なおかつ患者の飛沫に直接さらされているためリスクが高くなります。したがって、高レベルのPPEを着用する必要があります。

 

事業を継続するための計画
事業継続計画は、一部の労働者が隔離の必要がでたり、もっと悪いことに感染者が発症した際に、労働力が機能し続けることを可能にする組織戦略です。これには通常、チームの分割、移動制限、在宅勤務などが含まれます。事務スタッフと遠隔リハビリテーションを除けば、現場で実施する必要があるため、リハビリテーション医療従事者が自宅で仕事をすることは現実的ではありません。したがって、チームの分割や移動制限などの戦略がリハビリテーションではより適切です。チームの分割とは、労働力を(通常は2つの)サブチームに完全に物理的に分割することです。各サブチームには、1つのサブチームが作業できなくなった場合に、その機能のほとんどを継続するために必要なスキルが備わっています。もうひとつの戦略である移動制限は原則として、サブチームのすべてのスタッフが他のサブチームのスタッフと物理的に接触しないように移動を制限して、相互感染のリスクを最小限に抑える方法です。

その他、見逃されがちな問題として、幼い子供のいる医療従事者の問題があります。学校や保育園・幼稚園が閉鎖すると、両親が両方とも働いている場合、医療従事者は子供の面倒をみるために家にいなければならなくなります。医療従事者はまた、感染してしまって無症候の時期に、愛する人に感染させることを恐れて、仕事の後で家に帰ることを恐れるかもしれません。病院管理者はスタッフの代替の育児と一時的な部屋の手配も検討する必要があります。

 

スタッフとのコミュニケーション
誰もが2019-nCoVについて最新の情報を得ることが重要であるのと同様に、病院管理にとって2019-nCoVの対策と状況についてスタッフが定期的かつタイムリーに情報を更新することが特に重要です。スタッフと管理者は、いつでもコミュニケーションすることができ、情報が双方向に流れていることを確認する必要があります。また、スタッフは通達を注意深く読み、必要に応じて説明を求める必要があります。