No. 129 骨盤骨折

骨盤骨折

 

骨盤は脊柱の根元にある強固な輪を形成する骨です。骨盤の骨折はまれで、成人の骨折のうちの3%を占めます。多くの原因は外傷であり、自動車との衝突などの高エネルギー外傷です。骨盤の近くには重要な血管や臓器が存在するため、骨盤骨折では多量の出血など緊急治療を必要とすることがあります。骨の弱った高齢者では、普通の転倒による軽い衝撃でも骨盤骨折を起こすことがあります。治療は骨折の重症度によって様々です。低エネルギーの骨折では保存的な治療が選択されますが、高エネルギー外傷による骨盤骨折では患者のADL能力回復のために手術による整復と固定を行うのが一般的です。

 

解剖 

骨盤は体幹の底にあたる骨で出来た輪っかで、脊柱と下肢を繋いでいます。骨盤を形成する骨には以下のものが含まれます:仙骨(脊柱の下に続く大きな三角形の骨)、尾骨、寛骨

寛骨は3つの骨からなります-腸骨、坐骨、恥骨-これらは小児期には離れていますが、成長とともに癒合します。これら3つの骨が寛骨臼を形成し、股関節のソケット部分になっています。靭帯が強固につなぎ合わせることでボウル嬢の空間を形成しています。主だった神経や血管、腸管の一部、膀胱、生殖器が骨盤輪を通過します。骨盤はこれらの重要な臓器を保護しています。また股関節や大腿、腹部の筋の付着部位としての機能も担っています。

 

定義

骨盤が輪っか状の構造であるために、1箇所の骨折が他の場所の骨折や靭帯損傷を引き起こすことがあります。骨盤骨折にはいくつかのよくあるパターンがあることがわかっています。そのパターンは原因となった外傷による力の加わった方向と力の量によって決まります。

あるパターンによる定義に加えて、骨盤骨折では「安定型」「不安定型」という分類がなされます。これは、骨盤輪の構造に加わったダメージの程度によって決まります。

安定型骨折 このタイプの骨折では、骨盤輪は1カ所しか損傷されておらず、骨折部に偏移はありません。低エネルギー骨折の多くは安定型骨折です。安定型骨折には以下のパターンがあります: 

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安定型骨折

 

不安定型骨折 このタイプの骨折では、骨盤輪の2カ所以上で骨折しており、骨折面は偏移していることがほとんどです。このタイプの骨折は高エネルギー外傷によって起こります。不安定型骨盤骨折には以下のパターンがあります: 

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不安定型骨折

安定型も不安定型も、骨が皮膚を突き破って外に出たら「開放骨折」皮膚の損傷がなければ「閉鎖型」に分けられます。開放骨折は特に重症で、一旦皮膚が損傷されると傷口と骨に感染を引き起こす可能性がでてきます。迅速な感染予防が必要です。

 

原因

高エネルギー外傷 骨盤骨折は以下の様な高エネルギー外傷によって引き起こされます:車やバイクとの衝突、交通事故、はしごなどの高所からの転落。

力の加わる方向と量によっては、命に関わることがあり緊急手術が必要となります。

脆弱な骨 骨が脆い場合にも骨盤骨折が起こることがあり、骨粗鬆症の高齢者でよくみられます。これらの患者では、浴槽の出入りや階段昇降などの日常生活動作の中で、立った状態から転倒しただけで骨折することもあります。このとき多くの場合は骨盤輪の構造は保たれた安定型の骨折のことが多いですが、単独の骨の骨折の場合もあります。

その他の原因 稀ですが、ハムストリングが付着する部位の坐骨に剥離骨折を生じることがあります。このタイプの骨折は脱落骨折と呼ばれ、成長期のアスリートによく見られます。脱落骨折は通常、骨盤の不安定性や臓器損傷は生じません。

 

症状

骨折した骨盤には通常、痛みが出現します。この痛みは股関節を動かしたり歩こうとすると悪化します。患者は痛みを避けるために股関節や膝を曲げた状態にしようとします。股関節周囲の主張やあざがみられることもあります。

 

対応

可及的な固定 高エネルギー外傷による骨折の場合は、救急救命センターなどへ運ばれ初期治療が行われます。その様な患者の場合、骨盤の他に頭部や胸部、腹部、下肢など他の外傷があることもあります。それらの外傷により、明らかに失血するとショック状態になり、多臓器不全から命に関わります。したがって高エネルギー外傷による骨盤骨折の治療は、多くの専門家による多方面からのアプローチを必要とします。場合によっては骨折の治療よりも先に、気道確保、酸素化、循環動態の安定を優先する必要があります。

身体診察 骨盤、股関節、下肢を注意深く診察し、神経学的異常所見の有無を確認します。

画像検査

レントゲン 骨盤骨折では複数の方向からの撮影が必要です。 

CTスキャン 骨盤骨折は複雑なのでほぼ全例CTによる評価が行われます。

MRIスキャン めったにないですがレントゲンやCTでみつからないような骨折を同定するためにMRIが用いられることがあります。

 

治療

治療に影響する因子には以下のものがあります:骨折のパターン、ずれている骨の数、全身状態や合併症。

 

保存的治療

安定型骨折で骨折部の偏移がないか、あってもわずかな場合は保存療法が選択されます。保存療法には以下のものが含まれます:

歩行補助具 下肢への荷重を避けるために杖や歩行器を3ヶ月間、もしくは骨が癒合するまでの期間用います。もし両方の下肢に外傷があれば、免荷期間中は車椅子を使用します。

薬物療法 鎮痛薬や下肢の静脈血栓予防のための抗凝固薬や補液が用いられます。

 

外科的治療

不安定型骨折では複数回の手術が必要な場合もあります。

外固定 この手術は金属製のピンやスクリューを皮膚や筋を小切開して骨に挿入して固定する方法です。ピンやスクリューは皮膚の外に飛びてており、それをカーボン製の棒でつないで固定します。外部固定具は、骨折片を適切な位置に保持する安定化フレームとして機能します。骨癒合が完了するまで外部固定装置が使用される場合もありますが、 より複雑な処置に耐えられない患者で、その処置が可能になるまでの一時的処置として外部固定具が使用されることもあります。 

 

直達牽引 直達牽引は滑車を用いて重りで骨を整復する装置です。外傷後すぐに用いられ術後は除去されることが多いです。場合によっては、まれですが臼蓋骨折は直達牽引のみで治療することもあります。直達牽引中は、金属のピンが大腿骨や下腿の骨に挿入されます。挿入されたピンに重りが取り付けられて、ゆっくりと牽引し骨折片を正常な位置に保ちます。多くの患者で直達牽引によって痛みが軽減します。

整復と内固定 この手術では、偏移した骨片をあるべき位置に戻し、スクリューや金属プレートで固定します。

 

合併症

手術にはリスクが伴います。起こりうる合併症には以下のものがあります:感染症などの創傷治癒の問題、神経や血管の損傷、血栓症肺塞栓症

 

回復期のケア

疼痛の管理 術後も疼痛はあります。オピオイドやNSAIDs、局所麻酔薬などが用いられます。ただしオピオイドには呼吸抑制や依存性などの副作用もあるため、使用は短期間に留めます。

早期離床 術後は早期離床し荷重制限を守った上での歩行練習などをできるだけ早く行います。

理学療法 股関節の可動域維持改善および、下肢の筋力強化、体力向上を目的とした運動を行いADL能力につなげます。

血栓予防 早期離床が推奨されていますが、術後はどうしても動きは制限されているため、下肢の深部静脈血栓症予防のため抗凝固薬などを用います

荷重 全荷重が許可されるのは通常3ヶ月経過後、もしくは骨癒合が完全に得られてからです。それまでは杖や歩行器を使用します。

 

予後

安定型骨折は治癒良好です。自動車事故などの高エネルギー外傷による不安定型骨盤骨折は、重度の出血、内臓臓器損傷、感染を含む重大な合併症を引き起こすことがあります。これらの外傷の治療が上手くいけば、骨折自体の治癒は良いです。

骨盤周りの筋に損傷が生じた場合、数ヶ月間痛みを伴うことがあります。これらの筋が再び強くなるには最大1年かかることがあります。痛みや運動障害、および性的機能不全などの骨盤骨折に伴う神経や臓器の損傷による症状が残存することがあります。

 

from the American Academy of Orthopedic Surgeons

https://orthoinfo.aaos.org/en/diseases--conditions/pelvic-fractures/