No. 125 自動車運転再開について

自動車運転再開について

脳卒中やその他の病気になっても回復期リハ病棟退院後には自動車運転を再開したいと希望される患者さんが少なからずいます。退院後の生活の質に大きく影響することもありますので、可能ならば再開できるように支援したいですが、もしも事故を引き起こす可能性があるなら、自動車運転を制限することが必要になるかもしれません。以前よりこのトピックについては議論されてきています。今現在の法律での規定や、研究成果などについてまとめました。

1.法的基準

免許取得後に障害を生じた場合は、運転免許センターで運転適性相談・検査を受ける必要があります。

1)普通自動車免許取得に必要な身体機能

  • 視力:両眼で0.7以上で、かつ一眼で0.3以上であり、一眼の視力が0.3に満たないもの、または一眼が見えない場合は、他眼の視野が左右150度以上で視力が0.7以上であること
  • 色彩識別能力:赤色、青色及び黄色の識別ができること。たとえ赤色が褐色に見えても、前記三原色の識別ができればよい
  • 聴力:両耳の聴力(補聴器使用可)が10mの距離で90dBの警音器の音が聞こえること。しかしこの音が聞こえない場合でも適切な教育を受け、かつワイドミラーを使用している場合は普通自動車免許に限り交付される
  • 運動機能:運転に支障を及ぼすおそれのある四肢または体幹の障害がない(補助手段の使用可)こと
  • 認知機能:安全な運転に必要な認知、予測、判断または操作のいずれかに係る能力を欠いていないこと

認知症について

アルツハイマー認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症レビー小体型認知症に罹患している人は自動車運転免許の取得はできません。診断されれば免許は拒否・取り消しとなります。その他の認知症(甲状腺機能低下症、脳腫瘍、慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症、頭部外傷後)では、医師の診断書を踏まえて6ヶ月を超えない範囲で免許の効力を停止することができます。軽度の認知機能低下があり将来認知症になるおそれがある場合は、6ヶ月後に再度臨時適性検査が行われます。

 

2)免許の拒否又は保留の事由となる病気

統合失調症てんかん、再発性失神、無自覚性の低血糖躁うつ病、重度の眠気の症状を呈する睡眠障害、その他の精神障害脳卒中認知症アルコール中毒

上記に該当すれば、それぞれの運用基準に従い疾患ごとの診断書作成が求められます。

2.包括的評価

  1. 運転関連情報の収集:病歴、診断根拠、予後、服薬、運転歴、車種および運転の目的、中止による影響
  2. 実車前評価:遂行、注意・集中力、情報処理速度、判断、社会的行動(内省・衝動性)、視覚性ワーキングメモリーなどを評価
  3. 実車運転・路上運転評価:発進・停止、合図、安全確認、走行位置感覚、走行速度(高齢者運転教習に準じた評価)

*結果の解釈には病前からの癖か障害によるものかの鑑別が重要です。

3.身体機能評価

  1. 医学的管理が出来ている:糖尿病(特に低血糖による意識消失)、高血圧、不整脈睡眠障害
  2. 麻痺側上肢は廃用手レベルでも可
  3. 下肢の麻痺はBrunnstrom stage III以上で、歩行可能(装具使用可)
  4. 右下肢クローヌスが著明な場合は安全なペダル操作ができるよう調整するか、左下肢によるペダル操作ができる自動車改造が必要
  5. ADLはFIMで歩行および全認知項目が6以上
  6. 突発時に状況説明ができる程度の言語機能
  7. 視野欠損がない:皮質下出血患者の場合は下1/4盲を合併していることがあり、視野障害者では事故率は2倍との報告があります。*法律的には一部視野欠損を認めも運転を禁止することはできません

4.高次脳機能評価

1)運転に関わる高次脳機能

Lv1 計画・判断にかかわる方略的段階:目的地と最善の経路、時間の選定、危険の予測と回避→遂行機能(計画と実行)、自己の能力の認識

Lv2 安全性にかかわる戦略段階:他の車との車間距離の維持、スピード調節、人や障害物の回避→注意機能、遂行機能、視覚走査能力、時間推定能力、視空間認知機能、視覚・運動変換能力、情報処理速度、情動の制御

Lv3 基本的な運転技術にかかわる操作機能段階:ブレーキ・アクセル・ハンドルを操作し、一定のスピードを維持し走行レーンを運転操作する→注意機能、運動感覚機能、走査知識、視覚・運動変換能力

2)注意障害

注意障害は脳卒中後の高次脳機能障害でもっとも多いです。視覚性注意機能を測定する目的でTMT(Trail Making Test)-Part A・Bが使用され、多くの研究報告でTMTの検査結果と自動車運転能力が関連していると報告されています。重度の注意障害患者では、病識が欠如していることも多く、家族を含めて自動車運転に伴う危険性を説明する必要があります。

3)知的能力

知的能力は、Mini-Mental State Examination や、改訂長谷川式簡易知能評価スケールなどで評価します。しかし、現在どの程度知的能力が保たれていれば自動車運転再開可能かはっきりとしていません。しかし明らかに知的低下が疑われる患者には運転を控えるように説明する必要があると思います。

4)半側空間失認

半側空間失認を認めた場合は安全な運転は困難です。Behavioural Inattention Test:行動性無視検査(通常検査は146点、行動検査は81点が満点)を行い、自動車運転再開には通常検査がほぼ満点である必要があります。

5)失語症

道路標識や交通規則を理解できることは当然必要です。そのうえで、交通事故などのアクシデントが生じたときに、状況説明ができる程度のコミュニケーション能力も必要です。

6)運転中止の基準値

以下の必須検査で複数の項目に該当する場合は運転中止を勧めます

必須検査:

TMT-A>132秒、TMT-B>177秒

Reyの図模写<32点

BIT通常検査<132点

HDS-R<20点

リバミード記憶検査<16点

コースIQ<80

かなひろいテスト ヒット数<80%

 

参考検査:

WAIS一III(ウェクスラー成人知能検査) 動作性IQ<80

WMS-R(ウェクスラー記憶検査改訂版) 各検査<80

BADS(behavioural assessment of the dysexecutive syndrome)<80点

 

*障害部位と高次脳機能

両側前頭葉:注意機能、遂行機能、展望記憶(予定を記憶し適切な時期に思い起こす能力)、ワーキングメモリ、病識、感情のコントロール

頭頂葉:視空間認知

頭頂葉:操作手順

7)運転が可能な高次脳機能障害者の安全運転のための配慮

ルートの選択:あらかじめルートを確認する、ルートはシンプルに

体調の確認:運転前に確認

注意の維持:運転中は話をしない、ラジオも聞かない(二重課題は×)

速度の調整:速度は上げない

 

5.てんかん発作について

脳腫瘍やくも膜下出血、頭部外傷、皮質下出血、皮質を含む脳梗塞では、てんかんを生じる危険性が高くなります。

1) 脳卒中

脳卒中全体では痙攣を生じる頻度は5~20%、急性期脳卒中での入院例の8.9%に痙攣発作が出現します。脳出血のほうが脳梗塞よりも痙攣発作を生じやすいです。

*痙攣発作を生じやすい脳損傷部位

2) 頭部外傷

てんかん薬を予防投与しても急性硬膜下血腫、外傷性脳内血腫、脳挫傷ではてんかんを生じやすいです。受傷時の意識レベルがGCSで8点以下の重度頭部外傷例では前頭葉、側頭葉を中心として大脳皮質に強い衝撃が加わっていることが多く、痙攣発作の焦点になりやすく15~35%で生じます。外傷後2年間に、生涯発生するてんかんの80%が出現し以後頻度は減少します。外傷性てんかんは一般に予後が良く5年間で50%が寛解しますが一部は難治性てんかんに移行します。

3) 運転再開の許可

*診断書の選択肢は以下のどれかになります。

  • 発作が過去5年以内になく、今後発作が起こる恐れがない
  • 発作が過去2年以内になく、今後しばらく(適宜期間を記入)は発作が起こる恐れがない
  • 医師による1年間の経過観察の後、発作が意識障害や運動障害を伴わない単純部分発作に限られ、今後症状悪化の恐れがない
  • 医師による2年間の経過観察の後、発作が睡眠中に限られ今後症状の悪化の恐れがない

症候性てんかんと診断され抗てんかん薬が開始されている場合は、少なくとも2年間は運転再開を許可できません。また痙攣発作を生じる危険性が高い皮質下出血患者の場合は、痙攣発作の既往がなく、抗てんかん薬の投与がなくても、脳出血発症後少なくとも2年間は運転を控えるべきです。脳実質内のラクナ梗塞や小さな出血、テント下の出血や梗塞では、痙攣発作発症の危険性は低いため、回復期病棟退院時など比較的早期の運転再開も可能です。しかし脳幹部梗塞でも痙攣発作を生じたとの報告もあります。

6.参考文献

  • 前岡恵美:運転に必要な身体機能・高次脳機能とその評価法. Jn of CLN REHA. 23(9):890-895, 2014.
  • 武原 格:特集/症候性てんかんと自動車運転一最新の道路交通法改正も踏まえて一リハビリテーション医療の現場での自動車運転許可の現状. MB Med Reha 184:20-26, 2015.
  • 武原 格:脳卒中患者の自動車運転再開. Modern Physician 34(7) : 844-846, 2014.
  • 川北 慎一郎:疾患別の運転再開とその対応 2)脳卒中. Jn of CLN REHA 23(12), 1212-1217, 2014.
  • 武原格:脳卒中後の自動車運転再開の手引き. 医歯薬出版, 2017.