ミニレクチャー No. 105 比較的徐脈とは?

比較的徐脈とは?

 

38.3度よりも高い発熱があると、心拍数は1度上がるにつれて8~10回/分増える。これは1800年代にCarl von Liebermeisterによって発見されたのでLiebermeisterの法則という。38.3度以上の発熱があるにもかかわらずこの法則通りの心拍数の上昇がみられない状態を「Faget徴候」または「比較的徐脈」という。比較的徐脈は38.9度を超える体温のときには優位な所見と考えれらており、病歴や身体診察、臨床検査データと合わせて用いられる。比較的徐脈はいくつかの感染性疾患と非感染性疾患でみられる。

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非感染性疾患 ― リンパ腫、薬剤熱、詐病、副腎不全、周期性好中球減少症などがある。薬剤熱は薬剤の投与に伴って起こり投与を止めれば速やかに改善する。薬剤熱は入院患者の10%にみられるという報告がある。とくに抗微生物薬で多い。薬剤熱では、熱があることに気がつかなかったり、他の症状がないことが多い。周期性好中球減少症は、周期性の発熱と比較的徐脈を呈するとされており、G-CSF、IL-6、TNF-αなどが造血を促進するのみならず、比較的徐脈にも関与しているとされている。

感染性疾患 ― 症例数が少ないためにある感染症における比較的徐脈の発生率ははっきりしない。比較的徐脈は細胞内感染をするグラム陰性菌による感染症の早期や晩期にみられたり、レプトスピラ症や腸チフスの回復初期にみられることがある。また、Q熱や、ツツガムシ病、発しんチフスの患者でもみられる。

チフスでは比較的徐脈が成人ではまれに(15-20%)認められるが、小児では認められない。比較的徐脈は他にも、ある種のウィルス感染症(デング熱やサシチョウバエ熱)、リケッチア(アナプラズマ病やエーリキア症)、原虫感染症(マラリアバベシア症シャーガス病)そしてレプトスピラ症(スピロヘータ) でもみられる。しかしブルセラ症では起こらない。ライム病では比較的徐脈が起こるかもしれない。デング熱やサシチョウバエ熱に加えて、他のウィルス性出血熱(ラッサ熱やリフトバレー熱、クリミアコンゴ熱、エボラ出血熱、マールブルグ病、黄熱)も比較的徐脈を呈する。興味深いことに、デング熱や黄熱、ウエストナイルウィルスはすべて同じRNAウィルス属である。ただしジカウィルスとダニ媒介性脳炎ウィルスも同じ属のウィルスであるが比較的徐脈はみられない。

比較的徐脈の原因となった感染症の鑑別は困難な場合が多い。これらの疾患は臨床症状が非特異的で似通った全身倦怠感、悪寒、頭痛などだからである。レジオネラやエーリキア症では嘔気、嘔吐、下痢があるかもしれない、一方、成人の腸チフスでは便秘になることもある。評価は病歴の聴取から始める。最近これらの病原体が流行している場所へ旅行してないか、動物との接触、汚染された水や食物の摂取の有無、ノミ・ダニに噛まれてないか、などを確認する。発疹の存在とその場所は重要な情報である。例えば腸チフスではバラ疹が20-30%に認められ、多くは胸腹部体幹からはじまるが、ロッキー山紅斑熱は四肢からはじまり体幹へとひろがる。肺炎をともなった比較的徐脈であれば鑑別診断はかなり狭まり、Q熱、レジオネラ、オウム病、ツツガムシ病、野兎病などである。マイコプラズマ肺炎とレジオネラ肺炎という非定型市中肺炎の鑑別において比較的徐脈の有無は重要なポイントとなる。肝炎や消化器症状、肺炎を伴う比較的徐脈の時はレジオネラが考えられる。鳥への暴露(オウム病)、ダニ(ロッキー山紅斑熱、野兎病)、胎盤含有製品、ほこり(Q熱)などの情報も鑑別疾患絞り込みに有用である。

比較的徐脈のみられる頻度は報告によってばらつきがあり、合併症や内服薬(βブロッカーやクロニジン、非ジヒドロピリジン系カルシウム遮断薬)、電解質異常などの心拍数に影響を与えるものについても考慮する必要がある。実際に低ナトリウム血症や高カリウム血症、低カリウム血症は徐脈の原因になる。また低ナトリウム血症はレジオネラやツツガムシ病、ロッキー山紅斑熱の比較的徐脈の患者でよく認められる。 

比較的徐脈が起こる機序については、はっきりわかっていない。炎症性サイトカインの放出や、迷走神経の過緊張、病原菌の心筋への直接的影響、電解質異常などによる説明がなされている。感染症に対する全身性の炎症反応は複雑で、病原体からの外毒素や内毒素と炎症性サイトカインの相互作用から成る。いくつかの炎症性サイトカインは迷走神経を刺激して心拍数を下げる。比較的徐脈はまだよくわかっていない身体所見である。他の症状がはっきりしないときには有用な所見となりうるかもしれないが更なる研究が必要である。

参考文献

The Clinical Significance of Relative Bradycardia.

Ye F, Hatahet M, Youniss MA, Toklu HZ, Mazza JJ, Yale S.

WMJ. 2018 Jun;117(2):73-78.