離床の効果

以前簡単に紹介した論文の詳細です。

Use it or Lose it

専門家は経験と知識から、運動の効果と臥床の危険を知っていますが、一方で病気にかかったときには「ベッドで休むのが良い」という、考えから離れられずにいます。病人には休息が必要だ、という前提を当然と思い、病院はベッド中心の生活が普通です。入院時、患者はベッドに案内され、普段着を脱がされ、病衣が提供されます。患者はベッドで過ごすことを期待され、活動性を急激に低下させてしまいます。

第一次世界大戦中に、ベッドが足りなくなり、やむなく早期に退院した結果、なんと以前よりも合併症が減ったのです。またNASAによる研究では、長期間の活動量の低下と無重力が有害であることが示されています。1980年代にはDPCが導入されたことで、早期退院が迫られたものの特に害はありませんでした。

もちろん、限られた条件下での、身体各部の限定的な休息は短期間には有効かもしれません:

  • ショック時の下肢挙上
  • 浮腫における重力の影響の排除
  • 開腹後の腹壁圧の緩和
  • 外傷を受けた軟部組織・骨格の安静

病気の重症度によっては、寝たきり以外の選択肢がないかもしれませんが、安静にすることは、有益なことはなく、全ての臓器は活動性が低下すると、迅速かつ漸進的に悪化します。

 

表1.安静臥床による有害事象

  • 関節 拘縮:可動域制限
  • 筋肉 病的萎縮:不動1週につき15%喪失
  • 骨 骨粗鬆症:病的骨折
  • 尿路 感染症:結石
  • 心臓 心予備能の減少、一回拍出量の減少、安静時および運動後の頻脈
  • 循環 起立性低血圧、血栓性静脈炎
  • 肺 肺塞栓症、無気肺、肺炎
  • 消化管 食欲不振、医原性の栄養失調、便秘
  • 皮膚 褥瘡潰瘍
  • 精神 不安、うつ病見当識障害

 

関節および結合組織

関節は原則として使っている範囲の可動域が維持されます。浮腫、出血、感染、火傷、外傷、外科的創傷などがあると拘縮形成は加速します。拘縮は8時間以内に始まりますが、1回の可動域運動でこれを回復できます。コラーゲン線維の伸縮性を高める温熱療法、続いて可動域運動を実施します。重症例では、治療用装具や外科的矯正が必要な場合があります。可動域運動は、看護スタッフの日常のケアの一部として行う必要があります。適切なポジショニングでは、拘縮は防止できませんが、より悪くない角度で拘縮を起こすことは出来ます。最善の予防策は、早期から歩行させ、トイレには歩いて行くようにすることが重要です。

筋肉

筋肉も日常的に必要な強さに維持されます。全く動かなければ、一週間につき約8分の1を失います。最大筋力の20%未満の筋力しか発揮しない筋肉は、萎縮し始めますが、最大の20〜30%の筋力を定期的に発揮している筋肉は維持されます。ベッドに寝続けた後の腰痛は、傍脊柱筋および腹筋の衰弱によって引き起こされます。即ち、腰痛治療においては、安静が有用とは限らないということです。

もちろん、理学療法は廃用性萎縮を予防することができます。ただ、離床、トイレ歩行、ポータブルトイレの使用を処方するだけで、その進行は遅らせることができるのです。

骨格

骨は、荷重と筋収縮の二つの刺激に応答して、常に作り変えられている動的組織です。ベッド臥床後、骨からのカルシウムの流出はすぐに始まり、カルシウムの尿中クリアランスの増加は数日以内に検出可能なレベルに達します。これは、尿路結石および異所石灰化の原因となります。カルシウムクリアランスは、寝たきりになってから3週間以内に4~6倍に増加します。年齢または慢性疾患による活動低下に伴うカルシウムの緩徐な喪失は、高齢者の大腿骨および椎骨骨折の原因となっています。

尿路

尿管は蠕動運動によって尿を排泄しますが、腎盂からの尿の流出は完全に重力によって起こっています。臥位状態の患者では、この重力による排泄が消失し腎杯での尿排泄の停滞を引き起こします。これは結石形成および感染の要因となります。尿瓶などに仰臥位で排尿を行わなければならない場合、膀胱排出も不完全となるため、これらのリスクは、寝返りを頻繁に繰り返すこと、椅子に座ること、尿瓶でなくトイレまたはポータブルトイレを使用することによって軽減することができます。適切な水分摂取および神経因性膀胱では間欠導尿を行うことで、予防効果が高まります。

心臓および循環系

他の筋肉と同様に、活動量が低下すると、心臓も廃用性に萎縮します。NASAの研究によると、3週間の安静臥床後には、一回拍出量が減少し、心拍数は毎分10回上昇、運動後の心拍数は臥床前よりも40増加しました。そこから元の状態に戻るには、5~10週間の激しいトレーニングが必要でした。

末梢および骨盤の静脈血栓症は、あらゆる寝たきりの患者で起こる可能性があり、肺塞栓症は突然死の原因の上位を占めています。また、起立性低血圧も、臥位または無重力によって引き起こされます。抗凝固薬や弾性ストッキングによってこれらの合併症を予防・治療することができるかもしれませんが、最善の予防策は、寝たきりの期間を最小限にすることに他なりません。

同じ体位でいると、小さな気道内では粘液が貯留し、局所的な無気肺になります。鎮静や脱水はこのプロセスを促進してしまいます。呼吸に必要な労力は、座っているときよりも臥位の方が大きく、深呼吸やため息の頻度も臥位では減少してしまいます。無気肺および肺炎は、既存の肺疾患がない場合でも臥床することで起こります。他にも肺塞栓症および誤嚥性肺炎も、寝たきりで起こる合併症です。予防には頻繁な体位変換、適​​切な水分摂取、高リスク患者に対する呼吸理学療法、そして早期離床が有効です。

消化管

臥床によって、食欲の低下および水分摂取の減少が起こります。リクライニング状態では嚥下が困難になる場合があります。消化管の蠕動は活動量低下に伴い減少します。便秘および栄養失調は、衰弱した寝たきりの患者によく認められる合併症です。

毛細血管充填圧は、約18~35mmHgまたは約3kg/cm2です。したがって、67kgの体ならば、皮膚の毛細血管の圧縮を避けるためには1935cm2の皮膚表面を必要とします。皮膚の循環が妨げられると、寝たきり患者の骨の突出部で皮膚の灌流が停滞し、皮膚の梗塞が起こります。エアマットはこれを防ぐことができるかもしれませんが、患者をベッドの外に出すのが最良の予防方法です。

精神

NASAの研究で、5週間寝たきりにされた正常な若年男性は睡眠パターンの変化とともに、不安、イライラ、うつ病が有意に増加しました。臥床中の運動はこれらの有害な影響をかなり減少させました。また、臥床の長期的な心理学的帰結は、長期間の入院後に患者で時折見られる「学習された無力感」です。寝たきりの患者は患者という役回りを演じることを期待されます。「良い」患者は従順で、何の疑問をもつこともなく投薬を受けたり、専門家の指示に従ようになります。ケア提供者は、この病的な行動を強化し、ルーチン業務を妨げる患者には、ネガティブな対応をする可能性が高いです。寝たきりの患者は、生活の中で最も大切な事柄、食事、睡眠、お金、社交、性的表現について、自己決定権を失い、外部から制御されます。多くの患者が、長期のベッド上安静の後に、独立した管理と意思決定を再開することが困難になります。

活動量低下によるその他の疾患

負傷した四肢または全身が動かなくなっている場合、神経傷害後の反射性交感神経性ジストロフィーまたは「カウザルギー」を生じることがあります。線維筋痛症も不活動性との関連が示唆されています。うつ病と不活動は密接に関連しており、身体活動うつ病の治療に有効です。

老化と廃用

ボルツらは、老化の生理学的影響と活動量の低下後の変化との顕著な類似性に注目しました。一定期間の活動量の低下後の治療的運動プログラムは、高齢者であってもこれらの変化を遅らせるか、または改善させることができます。心臓血管系では、活動量の低下と老化の両方が、最大酸素摂取量、心拍出量、および一回拍出量を低下させ、末梢抵抗の増加により血圧を上昇させます。赤血球生成量が減少し、線維素溶解活系が低下し、血清コレステロールおよびトリグリセリドが増加します。

老化および活動量低下の両方が同じように体組成・代謝を変化させる:

  • 除脂肪体重の減少
  • 体脂肪増加
  • カルシウム損失
  • 骨皮質の厚さ減少
  • 耐糖能低下
  • 平均体温低下
  • 血清アンドロゲンレベルと性欲の低下

神経伝達物質であるドーパミン、ノルエピネフリンおよびセロトニンの中枢神経系含有量は、老化および活動量低下後の両方で減少します。脳波の周波数を減少させ、睡眠パターンの乱れを招きます。聴覚閾値は上昇し、味覚感度が低下し、知的能力が低下し、記憶力が低下し、うつ病が増加します。筋原線維のアクチンとミオシンの含量は、加齢と活動量低下のどちらでも失われ、筋線維、結合組織、および筋肉の断面積が減少します。筋肉の毛細血管床は末梢血管抵抗の増大と血圧上昇をもたらします。これらの変化は、たとえ高齢者であっても、運動によって改善できます。

 

結論

過去50年間で、医療における寝たきりの概念は完全に逆転しました。活動量低下は有害であり、早期の歩行・運動は、活動量低下と老化の両方の合併症の多くを防ぐことができます。しかし、残念なことに、毎日の習慣と態度は、科学的知識に追いついておらず、依然として安静臥床が患者と医療従事者によって支持されています。

 

表2.ベッド上安静の有害な影響を最小限に抑えるための戦略

  • ベッドレストの継続時間を最小限に抑える
  • 絶対に必要な場合を除き、厳重なベッド上安静を避ける
  • トイレ歩行またはポータブルトイレを許可する
  • ベッドから椅子に移動するたびに患者を30~60秒立たせる
  • 普段着を着用する
  • テーブルで食事をする(ベッドではない)
  • 病院の予定に歩くことを奨励する
  • 夕方と週末に病院外へ出る
  • 必要に応じて理学療法作業療法をする
  • 毎日の可動域運動を介護の基本的な一部にする

参考文献:P.J.Corcoran. Use it or lose it—the hazards of bed rest and inactivity. West J Med. 1991 May;154(5):536-538.