脳卒中のリハビリテーション NEJMのレビュー

やや古いですが、2005年のThe New England Journal of Medicine:NEJM(200年以上にわたる歴史を有し,世界でもっとも権威ある週刊総合医学雑誌、医学界のトップジャーナル)に脳卒中のリハに関する総説がありました。リハ関連雑誌でない、一般内科的な視点から、どの様に総括されているのか興味深く読ませていただきました。

 

The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICNE 2005; 352:1677-1684

CLINICAL PRACTICE 

Rehabilitation after Stroke 

Bruce H. Dobkin, M.D. 

 

冒頭の症例

「66歳男性。突然の失語と右片麻痺を発症し、90分以内にtPA療法を受けた。4日後にはイエス/ノーでの返答が何とかできる状態であった。歩くことはできず、右手も使えず、セルフケアには最大介助を要した。彼の機能障害に対するリハビリテーションに関してどのようなアドバイスをすればよいだろうか。」

欧米では毎年、45歳以上の10万人に400人が脳卒中を発症しているそうです。日本での発症率は、2010年の国勢調査によると10万人あたり166人だそうです(分母の違いに注意)。

脳卒中後の回復の程度は初期症状の特徴と重症度によって変わってきます。まとめると以下の通り:

  • 下肢麻痺のおよそ35%が実用的なレベルまで回復しない
  • 20~25%は最大介助なしでは歩くことができなくなる
  • 6ヶ月経過時点で65%の患者が日常生活に麻痺側上肢を用いることができない
  • 4週間後に手が全く動かないか、動かせてもわずかに指が屈曲できる程度で伸展が出来ない場合は上肢機能予後は不良
  • 脳卒中後3ヶ月まで機能障害は改善してくる
  • Barthel IndexやFIMなどの機能評価尺度は発症後3-4ヶ月までに横ばいになる傾向があるが、一部は評価尺度の感度の低さによるところもある
  • 脳卒中でない人と同等の社会参加が出来るまでに機能回復するのはほんの25%にすぎない
  • QOLは機能の良い人の方が高い傾向にある 
  • 特に最初の数週間の回復は、梗塞巣や出血巣の周辺の残存組織における神経伝達の改善を反映している

脳卒中後のいかなる時でも、認知機能や言語能力、そして運動機能も、一般的な学習と同じ仕組みによって改善します。これは最近主流のニューロリハビリテーションで言われている、学習による神経の可塑性(かそせい)によるものです。繰り返し学習すると、ニューロンの興奮性の増加と数の増加、ニューロン間をつなぐ樹状細胞の成長、そしてシナプスが強化され学習が定着します。機能的ニューロイメージングという検査をすると、トレーニングや経験で機能が改善した患者の両側大脳半球で神経活動が記録されるそうです。

 

STRATEGIES AND EVIDENCE 

脳卒中患者のリハに関する研究は色々と問題がありなかなか上手くいきません。まず、同じ脳卒中という病気でも、その症状は様々で、均質な機能障害や能力障害を対象にすることが困難です。また、治療に関しても、実施する時間や治療の種類に微妙な違いがあったり、無作為化や盲検化が難しいことが多いです。

 

SETTING FOR THERAPY 

日本では、リハといえば入院リハが主流ですが、欧米では他の治療と同様にリハでも入院期間は短い様です。入院でのリハが推奨されるのは、能力障害のために家へ帰ることが困難な人で、1日3時間の治療に耐えうるだけの認知機能と体力があり、看護師や医師による医学的なケアや教育が必要で、家へ帰るための社会的な支援がある人で、入院の適応となる最も多い能力障害は歩行障害だそうです。

Medicare(アメリカの高齢者および障害者向け公的利用保険)の保険適応範囲での入院リハの入院期間の中央値は16日!!!。入院リハを受けた患者のおよそ80%が自宅退院しています。Medicareでは、移動能力の障害がある場合は退院後の数週間の在宅リハを受ける事ができ、また、ADL能力の改善がプラトーに到達するまで、外来リハ施設への週2から3回の通院が1~3ヶ月間の間受ける事ができるそうです。

ちょうど本邦の回復期リハ病棟と同じ様な状況での効果をみた研究があり、多職種連携サービスと能力障害に対する医療的ケア、介護者のトレーニングを提供する脳卒中ユニットにおける入院は、一般病棟での入院ケアと比較して、死亡率が低く、能力障害も軽度で、介護施設への入所も少なかったそうです。このようなケアを行うことで、100人につき5人を余分に自宅復帰させる事ができるそうです。

早期に退院可能だけれど、時々何らかの介助が必要な患者では、入院リハと在宅リハでは、在宅のほうが介護者のストレスはが大きかったものの、機能的な予後は両者で差がなかったそうです。また、やる気のある”介護者”に対して4時間のリハビリテーショントレーニングを行うと、介護者の気分とQOLを改善するそうです。介護者へのトレーニングは特に、嚥下、発語、歩行練習が有効だそうです。 

 

TARGETED THERAPY 

 

失語症 

およそ20%の脳卒中患者に言語障害があり、STを受ける必要があります。脳卒中後の失語症に対するメタアナリシスによると、脳卒中後3ヶ月までにSTを開始した場合は、中等度の有効性があり、それよりは少なくなるものの、3~12ヶ月までのリハも効果があり、さらにその後1年間も効果がみられたそうです。実臨床での経験でも失語症は時間をかけて改善する印象があります。

STによる治療は、訓練されたボランティアによる治療よりも有効であったそうです。発症から6ヶ月間は、特定の障害をターゲットにした集中的な治療を行うと、週5時間程度までは、治療時間と改善度は直線的に相関していたそうです。つまりリハを行えば行うだけ改善するということです。

 

セルフケアと上肢機能 

リハの効果は、中等度の能力障害で一番効果があり、重症例では有効でないそうです。初期のトレーニングは代償方法を獲得することに重点を置かれます。例えば、移動のために、歩く練習をするのではなくベッドから車いすへの移乗を習得し、セルフケアは健側の腕のみで行います。

最近の臨床試験では課題指向型の動作練習が推奨されています。麻痺側上肢への最初の介入はわずかな随意性や反射的な不随意の運動を引き出すことを目的に行われ、上肢の機能的トレーニングは、上肢が重力に打ち勝つことができるようになると開始することができます。脳卒中後6週間までに手の巧緻的な動きが認められない場合は、その後のリハビリテーションは健側の上肢の維持に注力すべきだそうです。

強制使用(CI)療法は、麻痺側を使うことには多大な努力を要するので放っておくと次第に使わなくなるため、強制的に使う環境を作る、というものです。この治療法は2~6週間、1日に3~6時間集中的に麻痺側で課題指向型の練習を集中的に行います。はじめは最小限の動きから、握ったりつまんだりする動作に到達するまで少しずつ進めます。場合によっては麻痺側の使用を促すために、非麻痺側を制限することもあります。CI療法を行うには、少なくとも、指と手関節が伸展10度の可動域を有することが必要で、これは比較的運動機能が良い状態であるため、この治療方法の恩恵にあずかれるのは、ほんの10%の人にすぎません。臨床試験ではCI療法によって麻痺側上肢の使用量と効率が20~50%増加したそうです。その効果は入院中に開始した時も、脳卒中後1年が経過した後でも認められました。

ほかに、手の機能改善のために様々なテクノロジーによるアシストを用いた方法が試みられています。筋電計によるバイオフィードバックでは、動きは増えるけど機能的に使えるようになることは少なかったそうです。鍼治療の上肢機能回復への効果をみた研究によると、コントロールとしてシャム刺激(ツボ以外の所に刺す、もしくは刺激なしなど)を与えた群と比較すると有効性はなかったそうです。

痙性によって、手関節や指の伸展が困難になり、屈曲位になってしまうことはよくみられます。これは筋緊張の亢進によっておこるのではなく、筋力低下を伴う運動制御能の低下により拘縮や筋の長さが短くなり屈曲肢位になるのだそうです。よく痙性のある筋に対して筋トレを行うと、痙性が増強するので行うべきではない、と言われることが多いですが、そうでもない様です。

痙性のある筋に対してボツリヌス毒素を注射する治療があります。上肢筋へのボツリヌス毒素の注射では、過屈曲やそれに伴う痛み、痙縮、セルフケアを阻害する不良肢位は減少しますが、ボツリヌス毒素によって筋力低下を引き起こすため、手の機能は改善しないようです。 

 

歩行

歩行自立はまず一番の目標であり、ほとんどの患者が望むことです。入院患者のうち、重力に抗して部分的にでも股関節が屈曲できて膝関節が伸展できる人であれば、平行棒で一歩踏み出せる状態から最低でも歩行器か杖を用いて、バランスを保つための介助で短距離を歩くことができるくらいにまでは進歩します。

プラスティック製短下肢装具は足関節の背屈運動を改善しませんが、足や膝を安定させ、歩行時の足の引っ掛かりを改善し、膝折れを予防します。例え、短距離でも歩ける様になるには相当の練習量が必要です。ところが、リハビリテーション専門ユニットであっても、移動の課題に費やす時間は1日15分程度と少ないのが現状です。最近は回復期リハ病棟でも、セラピストがマンツーマンで行うリハの時間以外に、歩行や立ち上がり動作練習などを行なって、運動量を増やす試みを行なっているところが増えています。リハの質が重要であることは、間違いありませんが、量が不足していては意味がありません。

 

運動・筋力強化

片麻痺患者は、筋力や瞬発力、持久力などが低下しています。神経学的な障害が要因であることは間違いないのですが、廃用によって引き起こされる筋線維の変化や萎縮も関与している可能性があります。十分な随意運動の可能な患者においては、積極的な筋力増強運動を週に3~4回、6~12週間行うと筋力と機能的運動が改善しました。フィットネスは能力障害のある患者には不向きとされていましたが、この試験ではその人の能力に応じたトレッドミルでの歩行などのエアロビクス運動が有効であることが示され、この運動は、たとえ脳卒中発症から数年以上経過してから始めても効果があったそうです。 

 

その他のリハビリテーションに影響する因子

リハの効果を阻害する要因で、回避・軽減可能なものには以下のものがあります:

  • 変形性膝関節症による痛み
  • 循環呼吸器疾患などの運動耐用能を低下させる疾患
  • 睡眠障害
  • 疼痛
  • 薬の有害事象(起立性低血圧や注意力低下など)
  • 気分障害
  • 便秘
  • 排尿障害

うつは特に多く、脳卒中発症後1年の間に25~40%の患者に生じるそうです。うつに対するcitalopram、フルオキセチン(プロザック)、メチルフェニデート(リタリン)、ノルトリプチン(ノリトレン)の無作為化プラセボ対照比較試験では、中等度用量で患者のリハ参加が増え、認知機能低下が減少傾向にあったそうです。

その他医学的な要因以外にも、介護やバリアフリー化のための住宅改修にかかる費用なども患者の意欲やリハのゴールに影響を与えます。 

 

未解明の領域 

回復がプラトーに達したということが、必ずしも身体的な動きの速さや精密さが改善する能力がなく、新しい課題を学習することが出来ない、ということを意味するわけではありません。現時点では、トレーニングの最適な強度に関する十分なデータが存在しないために、最大限の改善を達成できていないのが実情です。将来は、機能的ニューロイメージングの研究が、最大限の大脳皮質の再構築を促す特定の治療方法に関する知見を提供するかもしれません。 

いくつかの有効性が期待される技術があり、小規模な試験がなされ、脳卒中後の能力障害に対して臨床応用されています:

  • 把握や歩行時の足関節背屈などの単純な動きを誘発する筋表面への電気刺激
  • 電動アシスト装置を使用した集中的なリーチやステップの練習
  • 上肢末梢神経や皮質運動野の手の領域を直接刺激して大脳皮質の可塑性を増加させ、手の治療中の学習効率を上げる
  • ドーパミンアセチルコリンセロトニンなどの神経伝達や学習を制御する物質の作動薬を用いた薬物治療
  • 動きをイメージすると実際に動作を行う時に活動するニューロンと同じニューロンが活動することを利用したイメージトレーニング

また、ニューロンの置き換えや樹状細胞の成長、軸索の再構築による神経再生を可能にするために、脳脊髄液への薬物注射や脳組織への細胞注入などの方法の安全性を確認する第1相試験が始まっています。

 

まとめ

最初に紹介した症例の様に脳卒中後に相応の能力障害を呈し、自宅退院を希望する患者には入院でのリハビリテーションが有効です。この患者は退院時には、Yes/Noの意思表示ができ、自分の要求を短文で伝えることができるようになり、非麻痺側を使ってセルフケアがある程度可能で、50m程度を杖や装具を用いてゆっくり見守り下で歩くことができるが、一部セルフケアで介助が必要であると考えられます。

リハは退院後の自宅や地域社会での自立した活動に必要な課題に焦点を絞るべきです。治療が成功するには20時間以上の練習が必要で、介護者のトレーニングも推奨されます。うつなどの治療可能な病態の発見に努め、さらなる練習をすることで運動能力や言語能力の継続的な改善は脳卒中後のどの時期においても可能であり、これは障害されていない神経回路の可塑性によるものです。