ずっと寝ていることは幸せか?

ずっと寝ていることは幸せか?

仕事が忙しく、たまの休みも家庭のことでやることがあってゆっくりしていられない、一日中寝て過ごすことが出来たらどんなに幸せだろう、と思ったことが一度ならずあるのではないでしょうか。実際、若い頃には、一日中ゴロゴロと横になって過ごしたことのある人もいると思います。しかし、一生寝て過ごす生活が幸せであるとは、誰も思わないでしょう。

ある新聞の読者投書欄に、介護施設に努める介護職員からの投書記事がありました。その記事の内容は、要約すると「寝たきり状態の人にリハビリと称して起こしたり、運動させたりするのはかわいそう。そっと寝かしておいてあげれば良いのに。」というものでした。私は衝撃を受けました。

自分自身の経験から得た知識の延長線で判断したとき、「自分だったら体が弱っていれば寝ていたい。きっとこの老人もそうだろう」と考えるのは、当然の帰結です。しかし、健康な人が一時的に寝ているのと、一生寝たまま過ごすのは、全く異なります。

1日中トイレにも起きずに、ベッド上で寝たまま過ごすと、1歳年をとったのと同じだけ筋肉が萎縮します。他にも様々な体の不調を起こします;

  • 関節…拘縮(可動域制限)
  • 筋肉…萎縮:1週間につき15%の喪失
  • 骨…骨粗鬆症、病的骨折
  • 尿路…感染症、結石
  • 心臓…心予備能の減少、一回拍出量の減少、頻脈
  • 循環…起立性低血圧、血栓性静脈炎
  • 肺…肺塞栓症、無気肺、肺炎
  • 消化管…食欲不振、医原性の栄養失調、便秘
  • 皮膚…褥瘡潰瘍
  • 精神…不安、うつ、見当識障害

この様な使わないことによる身体の機能の低下を「廃用症候群」といいます。病院で入院して治療をして、病気は良くなったけど、安静にしていて廃用症候群になってしまい結局寝たきりになった、なんてことが、むかしは日本中、世界中でありました。それではだめだ、とリハビリテーションが見直され、発展してきたのです。しかし最先端の医療現場では常識になっていることも、まだまだ、介護の現場や、一般の人々までは浸透していません。

廃用症候群にならないためにはどうすればよいか。答えは明確で、運動すればよいのです。とは言っても、どの様な運動を、どの程度すればよいのか、そこが問題になります。

ずっと寝ていた人にとっては、だた頭を起こして座るだけでも十分な運動になります。体が重力にさらされることで、外から見ただけではわからない、様々な変化が体の中では起こっています。座ると血液は重力の影響で下半身に集まろうとしますが、最も高いところにある脳は、絶え間なく血液が供給されなければなりません。そのためには、下半身の血管を収縮させる必要があります。これは自律神経のひとつである交感神経の働きです。また座っているためには、体を支える筋肉が働かなければなりません。

座ることができなければ、食べることも、トイレへ行くことも、立つことも、歩くこともできません。まずは「起きてすわる」ことが、廃用症候群対策の第一歩です。


臥床による合併症を最小限にするための戦略

  1. 臥床の継続時間を最小限にする
  2. 絶対に必要な場合を除き、ベッド上安静を避ける
  3. トイレ歩行またはポータブルトイレ使用を許可する
  4. ベッド⇄椅子の移乗の度に患者を30〜60秒立たせる
  5. 普段着を着用する
  6. テーブルで食事をする
  7. 病院内の移動は歩くことを奨励する
  8. 夕方と週末に病院外へ出る
  9. 必要に応じて理学療法作業療法を処方する
  10. 毎日の可動域運動を介護の一部にする

参考文献
1) P.J.Corcoran. Use it or lose it—the hazards of bed rest and inactivity. West J Med. 1991 May;154(5):536-538.